3 変わる空気

「さて秋山君。今日はここからここまで終わらせていこう」


「相変わらず地味にしんどい雑用一杯じゃん」


 相談課出勤してすぐにさっそく今日の絶望を叩きつけられ、思わず溜め息が出る。

 分かっていた。分かってはいたけど見ただけでしんどい。


「……なあ、この世界は色んな世界の技術とかが集まってんだよな。こういうの楽にやってくれるAIとかねえの?」


「答え秋山君の目の前にあるじゃん」


「……この答え否定して欲しくて聞いてんだよなぁ」


 言いながら絶望から視線を反らした所で、自分達の回りが妙にざわついているのに気付いた。

 そしてその中から代表としてソフィアが声を掛けてくる。


「一夜にして二人共雰囲気変わってない? なんか呼び名も変わってるし」


 その言葉に一同頷く。

 なんとなく察しは付いていたが、ざわついていた理由はそれらしい。


「確かに秋山君に呼び方変えたけど……それ以外変化ある?」


「ほら、ああいう事があったからさ。俺もお前もすぐに元通りって訳にはいかないだろ」


 元々友人だって事も分かったし、それが分かった結果爆弾のような問題も抱えた。

 そうした色々とあった直後なのだ。

 何も起きていなかった昨日とそっくり同じように振る舞うっていうのはいささか無理があるだろう。


「そっか……私結構いつも通り振る舞ってるつもりなんだけどな。あはは……ってどうしましたソフィアさん」


 ソフィアに事務所の端まで連れていかれたハルカ。

 どうやら何か内緒話をしているらしい。

 そしてある程度それが続いた所で、ハルカが声を上げる。


「い、いやそんな事してないですって!」


 なんか滅茶苦茶顔を赤らめている。


(一体なんの話してたんだ?)


「い、いやまあ確かに朝起きたら秋山君ちだったし、正直何も覚えてないから秋山君の話信用するしかないんだけど! 秋山君そんな事しないもん!」


(あ、これめんどくせえ誤解与えている奴だ)


 でも確かに酔った女の子自宅に連れてって翌朝雰囲気変わってたら役満までは行かなくても三倍満位はありそう。

 実際立場逆ならコイツら一線越えたんだ! ってなるかもしれない。


 が、実際の所本当に越えてない。

 頑張った。

 凄く頑張った。


「なんだお前、昨日家に連れ込んだのか」


 こちらに歩み寄ってきたアルバートさんにそう声を掛けられる。


「家に送り届けるんじゃなかったのか」


「アイツあの状態だったんで、ナビとして役に立たな過ぎたんですよ。で、色々あって連絡取る手段も全くなくて……ウチに連れて帰りました」


「確かにあの状況だとそうなってもおかしくは無いか……でだ」


 アルバートは小声で問いかけてくる。


「実際手は出したのか?」


「いや、出して無いですよ。家の方角忘れるレベルに酔ってる奴に手ぇ出したら洒落にならないクズじゃないですか」


 それを聞いたアルバートは少し安心するように息を吐いて、それから小声で続ける。


「良かった……あまり大きな声では言えないが、あの時お前にハルカを託したのは正直あまり良くない選択だったんじゃないかと思ってたんだ」


「ま、まあ確かに俺から引き剥がして、誰か女性の方に託すべきだったと思いますけど」


「ちょっと酔いが回っていたんだ俺達もな……で、酔いが覚めて冷静に考えたら、なんでそうしなかったんだっけ? やっべぇってなってた訳だ」


「全然雰囲気変わってねえと思ったんですけど、ちゃんと酔ってたんですね」


「ちゃんと酔ってたよ。だからとにかく何も無かったんなら本当に良かった」


「あの場で何も無くても、今面倒な事になってるんですが」


 言いながら立ち上がり歩み寄る。


「ちょっと俺がなんかゲス野郎みたいな空気になりかけてるんで口挟みますけど、マジで変な事とかしてないですからね!」


「そうですよ! そもそも秋山君そういう方向だと結構ヘタレだし!」


「ッ!?」


 なんかフォローしてくれているみたいだが、逆に滅茶苦茶暴言吐かれているようにも思える。


(え、ていうかちょっと待て。俺達友達だったんだよな? 友人間でそんな発言出る!?)


 区役所まで来る間に少し日本に居た時の話はしていたけれど、その発言がノイズとなって思い描いていた過去が崩れそうになる。


 そしてある程度長い付き合いでないと出てこないような発言をこの世界に来て数日の人間に向けて言っているのだ。

 事情を知らないソフィア達からすれば、首を傾げるような発言だろう。


 だけどソフィアは言う。


「ああ、成程……色々と腑に落ちた。そういう事ね」


 そんな意味深な事を。


「ああ、皆。正直もしかしたら結構ゲスい事が有ったんじゃないかって思ったけど、これ多分大丈夫な奴みたい」


 そして何かを確信したような表情で、同じくざわついてた周りの職員にそう言った。


 そして多分その辺りソフィアは結構信頼されているのだろう。

 それを聞いた他の職員は、良く分からないけど本人達に任せようみたいな空気になって各々仕事に戻っていく。


(つーかどうしたんだこの人。腑に落ちたって一体何が……)


 疑問に思っていると、ソフィアが一言言う。


「どうりで初対面なのに妙に距離感が近いと思った。こんな珍しい事もあるのね」


「珍しい事?」


 ハルカが聞き返すと、ソフィアは秋山達にしか聞こえないような小声で言う。


「多分というか間違いなく元の世界で仲良かったんでしょ。で、呼び方変わったのは昨日そういう話に踏み込んだって所? なんで今まで踏み込んで無かったのかは分からないけれど」


「……名探偵じゃないですか」


「すっげえ……」


「でしょ?」


 ドヤァと胸を張るソフィア。

 確かに実際凄い。

 良く分かったなと思った。

 そして一通りドヤった後、秋山とハルカの肩をポンと叩いて言う。


「その辺は下手に私達が踏み込まない方が良いかな。個人間の問題に第三者が首突っ込むと碌な事無いし……この世界なら尚更。だけど何かあったら相談しなさい。干渉してほしいならいくらでも干渉するからさ」


 そう言ってソフィアは席へと戻っていく。他の人達が引いたのも同じ理由かもしれない。

 そして干渉しようと思えばしてくれるのならば、本当に心強いと思う。

 元の世界ではそういう大人はいなかったから、とても頼もしく思う。


 ……とにかく、これで一旦盛り上がった場は落ち着きを取り戻した。


「……私達も仕事しよっか」


 だとすればそうなるのが道理だ。

 自分達には立ち話よりもやるべきことがある。


「だな……聞きたい事は正直色々あるけど」


「まあ出勤の時しか話してなかったしね。お昼にでも色々話そうよ」


「ああ」


 正直新たに生まれた聞きたい事は昼に……というか面と向かって聞いていいような話なのかどうかは分からないけれど。

 とにかくそれはその時にもう一度悩めばいいだろう。


「さあ仕事だ仕事」


 今は目の前に集中だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る