2 本心
その後、身支度を整えて戻ってきたハルカと共に区役所へと向かう事にした。
「……」
やはりこの短期間では何か考え方が変わったりという事も無く、ハルカは先程と変わらず不穏な空気を纏ったような状態を維持している。
本人はそれを隠せているつもりなのか、平然としているけれど。
(……マジでミスったな)
事前にハルカから色々と話を聞いていたのだから、こうなる可能性を察する事はできた筈だ。
既視感とか、そういう物は全部抱え込んでいれば良かったのだ。
とはいえ今更そんな事を考えても後の祭りなのだけれど。
……そしてこういう事になってしまった事もあって。
(……こうなると下手に触れられねぇ)
既視感の話を振った後、もしも自分の推測が正しかった場合に何気なく聞く筈だったような話に振れにくい。
例えば元の世界の自分達の話とか。
聞きたいことは山のようにある。
だが今はあまり元の世界の事を連想するような話は控えた方が良い気がするから、下手に踏み込めない……だけども。
「それにしてもさ……秋山君、昔の事に全然振れないんだね。もしかして興味無い?」
流石にハルカの方から話を振られたのならば、もうその辺も触れていかざるを得ないだろう。
「興味なかったら今朝の時点でああいう話に流れ持っていかねえって」
「まあそうだよね……まあそういう事聞いてこない理由は分かるよ」
ハルカは軽く溜息を付いてから言う。
「秋山君は割と察しが良いし、自分の事はそこまでなのに人の事になったら結構心配性な感じになるからさ。いや、まあほんとごめんって感じ」
「謝んなよ。俺が危惧してるような事をお前がやるとして、その目的自体は全く悪い事じゃねえんだからさ」
一昨日のラーメン屋で語った話が嘘でなければ、ハルカが元の世界に残してきた心残りは母親絡みの事となる。
ちゃんと向き合って話し合えていない。
ありがとうと伝えられていない。
そういうやり残したことをやる為に、日本に戻って母親の記憶を取り戻させたいのだろう。
何も悪い事ではない。
悪い事であってたまるかと強く思う。
「そんな事位で命を懸けるなとか言ってくる奴が居たら普通にキレる位には、お前の目的自体は否定しちゃいけないもんだと思う」
少なくともハルカにとってはそのやり残した事は、命を懸けてでも成し遂げたい事なのだろうから。
第三者が勝手な感情で否定して良い物じゃない。
「ああでも何度も言うけど、マジで変な事はすんなよ。俺が言ってんのはあくまでお前の目的は尊重されるべきだって話だからな。自殺みてえな事始めたらぶん殴ってでも止めるから」
「目的は認めてんのにどういう理屈で?」
「いやシンプルに死んでほしくねえだろ。俺には論破できねえから非合理でも不条理理不尽でも感情論ゴリ押しで止めるぜ」
「もうちょっとマシな事言おうよ……でも頼もしいなぁ」
ハルカは小さく笑みを浮かべて言う。
「結構ぶっちゃけた話していい?」
「どうぞご自由に」
「……正直いざとなったら自分が何をしでかすか分からない」
「……」
「改めて言うけど、私は秋山君が思っているような事をするつもりは無いよ。考えたけどね。考えたけど、それは怖くてできないなって思った。だけど行きつく答えは同じでも、そんな考えはループしてる。抜けていかないんだ、そんな考えが。だからさ、そもそも一体何があったら全くの部外者の私にそんな手段が取れるような機会が回ってくるのかは分からないけど……もしそうなったら、私がどうするのかは私にもわからない」
「……まあしゃーねえよそれは。それだけお前にとって大事な事なんだろ」
ハルカからそれが聞けて、どこか安堵しながらそう言った。
そう、抱いたのは安堵だ。
具体的にどう不安定なのか把握できたから。
「とにかく冷静で居る時はちゃんと断念するつもりだったらそれで良いよ」
多分その辺は嘘ではない。
だったらそれで良い。
少し不安定な感じでも理性的に衝動を抑えられているのなら、危うくならないようサポートしてやればいい。
理性的に足を踏み外そうとしていないんだったら、ずっと良いと思う。
「いざとなったら俺が止めてやる。そもそもお前がそんな危うい感じになってる原因は今朝俺がああいう事言ったからだしな。それに……違ってたら悪いけど、お前に親と話すよう勧めたのってもしかして俺じゃないのか?」
「そうだよ。私の秘密を知っていたのは両親以外だと秋山君だけだったしね」
「だったらマジで半分位俺の責任だから。責任もってぶん殴るよ」
「できればぶん殴る前に止めてくれないかな」
「だったらぶん殴る前に止まってくれよ」
と、思っていたよりはマシな状態だったハルカに安堵していた所で、突然別の不安が湧き上がってきた。
「ん? ……秋山君どうかした?」
「いや、よく考えてみりゃ俺っていざとなったらお前の事殴れるんだなーとか自分が怖くなってさ……俺元の世界でお前の事ぶん殴ったりしてなかった?」
「なんかとんでもない事で悩んでるね」
ハルカはクスリと笑って言う。
「大丈夫だよ。私そもそも秋山君に殴られるような事してないし、理不尽に一方的に殴ってくるような頭おかしいクズだったら今頃こうしてないでしょ。大丈夫。出会った当初メンタル病みすぎてやばかった以外はまともだったよ」
「それまともな部分あるか?」
「あるよ。一杯ね」
半ば冗談で言った言葉にハルカは真剣に頷き、そして言う。
「……じゃあ折角だしその当時の話でもしよっか。まだ区役所まで距離があるしね」
「頼むわ」
「じゃあ出会った時の話から──」
そうして区役所につくまでの間、日本で友達だった時の話をしてくれた。
主に互いの傷を舐めあうような話。そしてそれを聞いていて思った。
比喩でもなんでもなく、自分は清水春香という人間に救われていたんだなと。
そして改めて何が何でも、この子だけは守らないといけないと。改めて強く思った。
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