4 人手不足の理由について

 それから孤児院までの移動中、秋山達三人の空気は親しい人が亡くなった時の通夜のように暗く重い物となった。

 時折ハルカが場を和ませようと少女に声を掛けるが、それで明るくなるようならそもそもこんな空気になっていなくて。

 結局何も変わらないまま孤児院へと到着する。


 それからはやる事はこれまでとあまり変わらない。

 少女を職員に引き渡した後、トラブルなどが起きていないかどうかなど既に分かり切っている事を聞いていくだけ。


 結果、幸いな事に特別起きている問題はあの子の一件だけらしい。

 よくある時間が解決してくれるのを待つ事しかできない問題だけらしい。


 とにかく、それだけ。

 故に結局それ以上できる事なんてないから、少女の事を自分達より子供に接する為の能力を培っている職員の人達に任せて孤児院を後にした。


「……結構しんどいな」


 孤児院を背に歩きながら秋山は呟く。


「本当に掛けてやれる言葉が見つからねえ」


「そだね。うん……ほんと、見つかんないよ。多分何を言っても間違ってて、正解なんてないんじゃないかって思う。私が未熟なだけかもしれないけどさ」


 少し顔を俯かせながら、ハルカは言う。


「さっきも言ったけど、あの子は元の世界に帰りたがってる。別に元の世界で自覚的に人と違っていた事があった訳でもなくて。ただただごく普通に幸せな日々を送ってたみたいな感じっぽいし。此処に連れてこられたのは……まあ、本当に酷だよ。何を言ったって傷付ける」


「……だな」


 そう呟きながら、本当に自分にできる事は何も無かったかと考えて、結局何もできる事が無いという風に落ち着く。

 圧倒的なまでの無力感が圧し掛かってくるようだ。


「……見るからに辛そうだけど、どうする? ちょっと休憩入れる?」


 思っている以上にメンタルに来ていたようで、察したようにハルカがそう声を掛けてくれる。


「いや、大丈夫。まだ周らないといけない所は何か所もあんだろ?」


「まあそうだけどさ、そんな調子ならここらで一旦休憩するのもありでしょ。ほら、丁度良いタイミングで自販機あるしベンチもあるから。初出勤のお祝いに先輩が何か奢ってあげよう!」


「お、マジで?」


「マジマジ」


「あざーっす。じゃあコーヒーで」


「ブラック? それとも微糖か加糖? ああ、一応辛いのもあるけど」


「辛いの!? 辛いのってなんだよ!? マジでなんだそれ!?」


「異世界感あるでしょ」


「今日一異世界感じてる気がするわ……ブラックで」


「じゃあ私も」


 そして購入された缶コーヒーを受け取り、沈むように近くのベンチに着席。

 本当に沈むようにだ。それだけメンタルが削られた。

 そして隣に座ったハルカがプルタブを空けながら言う。


「改めてだけど大丈夫?」


「正直な話するとあんまり大丈夫じゃねえ。ああいうのは結構メンタル削られる……お前は?」


「……そりゃしんどいよ。何回経験しても慣れないし、慣れたいとも思わないから」


「何回経験しても……か。冷静になって考えてみりゃ分かるんだけど、こういう事に頻繁に直面するんだよなこの仕事」


「うん……子供だけじゃなく色々ね。人手不足っていうのはそういう事」


 ハルカはコーヒーを喉に通し、一拍空けてから言う。


「忙しいし危ない事も多い。でもそれ以上に結構しんどい場面に遭遇しちゃう。どうやっても自分達で状況を好転させられないようなね。だから……まあ、病む人も居るよ」


「確かにあんな表情浮かべている子に何も言えねえような事が続くなら無理ねえわ」


「マモル君は……辞めたくなったりした?」


「今ん所は大丈夫かな。こうやって気ぃ使ってくれてる先輩がいるからよ」


「あはは、そりゃどうも」


「……というかお前、今までこんなの良く一人でやってたよな」


「こういうのに関しては一人でもそんなに変わらないかな。相談だってするし仕事後とか飲み会でグチったりもするしね……いや、うん。でも一人で抱える時間短い方が良いね。大分気が楽だ」


 そう言ったハルカはマモルに視線を向けて言う。


「だから、その……できればで良いけど……辞めたりしないでくれると嬉しいな」


「辞めねえよ大丈夫だ」


 流石にこういう事を一人に押し付けるのは気が引けるし、それにそもそも自分は誰かを助けられるような仕事をやりたかった訳で。

 それに、辛い事には多分ある程度の耐性が付いている。

 故に今の所、辞める理由は見つからない。


(……いや、なくも無いな。午前中みてえな仕事がしんどすぎる)


 ちょっと見つかった……まあ流石にそんな事は言うつもりは無かったのだけれど。

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