3 救われた者と奪われた者
それから。昼食を出前で済ませた後。
「えーっと、この名簿通りの住所を回っていくんだよな!」
デスクワークから解放され、少々テンション高めに秋山は言う。
「そ。そこで色々と話を聞いて、トラブルとかが起きてないか調べていくんだ」
昼前までの地獄の様な雑用が一日続くのではないかと思っていた秋山だったが、午後からは事前に想像していたような外回りの仕事を覚えていくフェーズに移行。
職務内容は今ハルカが言った通りの内容。
それを二人一組で行うらしい。
「そういや今後人事異動がなけりゃ俺らでバディ組んで仕事していくみてえだけどよ、元々のお前の相方はどうしたんだよ。基本この仕事二人一組でやってくんだろ?」
昨日ハルカやアルバートが一人だったのは別件で動いていたからな訳だが、本来であればこういう仕事や昨日色々と案内をしてもらった事も含め二人組が基本……らしいのに昨日も今日も、自分がいなければ一人である。
「外回りに出てる職員の数がさ、マモル君が来るまでは奇数だったんだ」
「ほう」
「で、私が相談課で一番強い。最強だよ最強」
「ほう」
「ならしばらくは一人で良いかって」
「はえー」
「良いわけないでしょ! 忙しすぎるわバーカ!」
「……」
時間が立てば立つ程、必死に勧誘してきた理由が鮮明になってくる。
「そんな訳でよろしく。絶対に辞めないでね……よろしく!」
「よろしくの圧つえぇ……」
そんな圧を受けながらも、名簿にある住民の家を回っていく。
そして何件か回ったところで。
「すっげえ地味だな」
昨日派手に色々あった訳だから、その落差が激しい。
「地味じゃないと困るよ。地味じゃないって事は何かドンパチやるって事なんだから」
「確かにそれはそうか。地味であってくれてありがとうって訳だ」
自分が二日目である程度この世界に馴染めたように、大体の住民も程度の違いはあれど馴染んで問題なく生活を送っている。
この見回りもあくまでまわらないとトラブルが起きるというよりは、大丈夫である事を確認するというのが主な目的なのかもしれない。
「ほんとありがとうだよ。起きるときは結構頻繁に色々起きる訳だからさ」
「じゃあこのまま地味に終わってくれるといいな……で、次はどこに行くんだ?」
「次はこの先にある孤児院だね」
「孤児院……ね」
詳細を聞かなくても、色々と察する事ができた。
自分はこの世界に来てすぐにこうして職にもありつけ、衣食住もなんとかなりそうで。
だけどそれは自分が最低限自立できる年齢でこの世界に送られて来たからなのだろう。
バグのような人間を、バラ付きのあるタイミングでこの世界に送っているのなら。
まだ一人で自立するのも難しいような子供がこの世界に送られてきてもおかしくはない。
心身ともに自分達より遥かに未熟な子供がだ。
「……大丈夫だと思うけど発言に気を付けてね。子供はほら、凄いデリケートだからさ。特に今この世界に来たばかりの子も居るし」
「……分かった。それはマジで気を付ける」
些細な言葉で取り返しの付かないような傷を付けてしまうかもしれないというのは、少し考えれば良く分かるから、本当に下手な事は言えない。
と、そんなやり取りをしつつ次の目的地に足取りを向けようとしていたその時だった。
「おっと、噂をしていれば」
そんな事を呟いて、ハルカはその場に足を止める。視線の先にいるのは……どこか暗い表情を浮かべた小学生程の少女だ。
で、今の話の流れから察するに。
「まさか俺達が今から向かう孤児院の所の子供か?」
「うん。それもさっき言ってたこの世界に来たばかりの……ってなんで一人で居るの!?」
「一人で居るのがそんなにおかしいのか? いや、見るからに放っとけねえ感じだけどさ」
少女の表情は暗く重く、心身ともにやつれているように思えた。
(……だからか。そりゃ一人にはできねえよ)
なんとなく色々察する事は出来て、まさにその通りの事をハルカは口にする。
「……あの子はさ、この世界に来た事実を受け入れられていないんだ。帰りたいんだよ」
「……成程」
具体的にあの子が元の世界でどういう生活を送っていたのかは知らない。
だけど少なくとも自分のような人間とは真逆の人生を歩んでいたのではないだろうか。
それこそ幸せを奪われたような存在なのではないだろうか。
なんにせよ少女の精神状態がとても不安定なのは良く分かった。一人になんてさせられない。
「ちょっと私行ってくるよ」
「頼むわ。面識ねえ男が行くより、顔見知りの姉ちゃんが行った方がずっと良いだろ」
「待ってて。話聞いて来る」
どこか自信なさげにそう言ったハルカが小走りで少女の元へと駆け寄っていき、少女の目線に合わせるように屈みこんで何かを話しているようだった。
……実際自分よりも適任なのは確かだけど、酷な役回りを押し付けているとは思う。
自分達にはきっとあの子の求める答えを提示する事が出来ない。
現実的な手段ではこの世界に居る人間の誰も答える事が出来ない。
結局の所言えるのは気休めだけだ。
突然拉致されて知らない世界に連れてこられた子供に、帰る事は出来ないけど元気を出そうなんて無理難題を、少しでも柔らかい言葉で伝える事位しかできない。
もっともそれは秋山が切れるカードがそれしかないからハルカもそうだと勝手に考えているだけに過ぎないのだけれど、それでもあの自信の無さはつまりそういう事なのだろう。
しばらく経ってハルカは端末でどこかに連絡した後、女の子の手を引いて歩み寄ってきた。
「とりあえず、当初の目的通りこのまま孤児院の方に行こっか。連絡も付いたし」
二人の表情をみればできたのはその場凌ぎ程度で根本的な解決なの何もできていない事位は良く分かるけれど、そんな事を指摘するメリットなんてないのは分かるから。
「ああ」
何も指摘せず。他に何も言えず、そう頷いた。
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