2 チャカと古巣

 その後他の職員の人とも軽く自己紹介を交わした後、時間が来て朝礼。

 そこで改めて新人として紹介され自己紹介をし、改めて新しい職場に来たという意識が沸いてくる。

 で、それからは業務に取り掛かっている訳だが。


「……しんどすぎる」


 昼前の段階で秋山はパソコンの前で頭を抱えていた。

 まず最初に投げられたのは昨日の派手なドンパチやハルカにしてもらったような転移者へのサポート……ではなく単純な書類整理や表計算ソフトへのデータ入力。

 言ってしまえば雑用。

 これが思った以上にしんどい。


 分かってはいたが全く触れた事の無い言語を扱うにはあまりにも大きなハードルを越えなければならず、そのハードルも翻訳アプリとかあるなら行けるでしょとは思ったものの、やはりその全てを補うには手間と時間が相当に掛かる。

 そこに追い打ちを掛けるようにパソコンのOSどころかキーボード配列まで全く異なっている始末なので完全に頭がバグる訳だ。


(……俺、この仕事やっていけるのか?)


 そんな不安が湧き上がってきた所で、テーブルにトンと缶コーヒーが置かれる。


「相当参ってるな。とりあえずこれでも飲め」


「あ、お疲れ様ですアルバートさん。頂きます」


 先程まで外に出ていて不在だったアルバートが戻ってきた。


「どうだ。アホ程しんどいだろう」


「そうですね。アホ程しんどいです」


「まあしばらくは地獄だ。覚悟しておけ。俺も最初はそうだった」


「そ、そうですか……」


「だが悪い事ばかりじゃないさ。普通に生活していればその時必要な知識しか学べないが、こういう事に携わっていれば無差別に色々と知識が蓄積していく。そうすれば比較的早い段階でこの世界で生まれ育った人間と遜色が無い程度に読み書きができるようになる。それが結果的にこれからの人生を楽にしてくれる訳だ」


「……まあ半強制的にでもやらされないと、分かんないままでしょうからね」


 この先ずっと簡単な読み書きと翻訳アプリだけで生きていくのは難しくはないかもしれないが、それでも何かと制限はありそうだから、無理矢理にでも覚えていけるのは良い事だと思う。


「ああ。だが無理はするなよ。分からない事があったら俺含め皆に聞いてくれ……ところでハルカはどうした。ソフィアも居ないようだが……」


「今保安課の方に行ってます」


「保安課……本当にやるつもりなのか」


 呆れたように溜息を付くが、この人も最終的に了承していたから同罪である。


「ちなみにアルバートさんはどちらに行かれてたんですか?」


「ちょっと保安課に行った後、細々とした用事を済ませてきた」


「保安課……って事はまさか先制攻撃って奴ですか」


「そんな訳無いだろう、アイツらと一緒にするな」


 呆れたように溜息を付くが、この人も最終的に了承していたから同罪である。


「それでどうして保安課に?」


「ああ、ちょっと申請書を提出しに」


「何のです?」


「これのだ」


 そう言ってアルバートは缶コーヒーを置いたようなノリで黒塗りの物騒な物を置く。


「えーっとこれは?」


「チャカだが?」


「ですよねぇ! って、え、申請って……これの? こんな物どうして……」


「どうしても何もこの仕事は保安課の次位には物騒な事に巻き込まれるからな。身を守る為にも事を解決する為にも、大体の職員は何かしらの武装をしている。お前だって基本体が頑丈なだけなんだろう? 徒手空拳の喧嘩殺法だけで外回りに出す訳にはいかないんだ」


「えーっと、つまり俺がこれを携帯できるようにする為の申請書って事ですか?」


「一定以上の出力が出る武器は基本的に認可が下りなければ携帯できないからな。まあそういう訳でそれがお前の装備だ。一定以上の出力は出るから使用は慎重にな」


「いや慎重どころかこんなの人に向ける自信ないんですけど……」


「だろうな。日本は確か銃刀法がある類の国だった筈だし。急に渡されて困惑するのは分かる。だが心配するな。その装備は仮だ」


「仮?」


「ああ。お前の場合急だったからな。オーダーメイドの装備を用意するだけの時間が無かった。だからひとまず誰でもある程度扱える物を用意させてもらったよ。そういう訳だからそれを今後ずっと使えって訳ではない。極力早い内にお前に合った装備を作ろうと思う」


「作る?」


「俺の本来の業務は相談課で使う備品の整備担当でな。武器の開発なんかもやっているんだ」


「へぇ、そうなんですか……でも昨日この世界に来たばかりの俺への扱いとかすげえ慣れてたし、てっきりハルカとかと同じような業務を熟しているんだと思いました」


「熟してるよ」


「え、なんでですか?」


「人手不足」


「あぁ……成程。ご愁傷様です」


「まあ保安課に居た頃も外でドンパチして整備もしていたからな。もう慣れたよ」


「元々保安課に居たんですか?」


「こっちに整備員が居なかったもんでな。移動になったんだ」


「という事は今現在ハルカ達に古巣を荒らされている訳ですか」


「そういう事だ……全くアイツらは」


 溜息を付くアルバートだが、この人も古巣を荒らして得た金で飲み会に出ようとしているので同罪である。

 と、そんなやり取りを交わしていた所で部屋の扉が勢いよく開いた。


「たっだいま戻りましたー!」


 怪我人とは思えない程にイキイキとハルカが戻ってくる。

 そして一拍送れてもう一人。


「今日の新人歓迎会の予算が増えた事を、此処にお知らせするわ!」


 そこそこ厚みのある封筒を手に悪どい表情を浮かべたソフィアである。


「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」」」」」」」


 大盛り上がりの相談課目一同。


「よっしゃあ私の勝ちだ保安課ァ!」


 そうやってテンションマックスでブンブンとシャドーボクシングをしているハルカ。


「古巣大荒れですね」


「……」


 アルバートは何も言わない。

 というか多分何も言えない。

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