13 あの頃のように

 秋山と別れた後、ハルカも自宅へと帰ってきた。

 担当した転移者に関する報告書も作らないといけないが、それ程時間が掛かる事でもない。

 だからそれは後でコーヒーでも入れてゆっくりと作成する事にして。

 ハルカは自室のベッドに倒れ込み、静かに呟く。


「……良かった」


 秋山との会話の中で、後悔している事として母親の事を挙げた。

 だけど後悔とはまた違って、心配だった事も一つあって。


「秋山君、何も変わって無かったなぁ」


 この世界に来た時からずっと秋山の事が心配だった。

 送り神にこの世界に送られた人間の痕跡は元の世界から消えて無かった事になり、それによる歪みのようなものはうまく調整される。

 だけどそれがどのようにどの程度調整されるのかなんてのは分かった物じゃないから


「元気なままでいてくれて、ほんと良かった……」


 出会った直後の秋山は、一言で言えば壊れていた。

 初めて出会ったあの日、ハルカが家に居たくない時に入り浸っていた廃ビルに訪れた時に、秋山はそのビルから飛び降り自殺を図っていた。


 今となってはその程度で死にはしない事は分かっていたけれど、当時はそんな事分かる訳が無かったから、咄嗟に力を開放して空を飛び空中で秋山を受け止めた。


『何してんのこんな高さから跳んだら死んじゃうじゃん!』


『……は? なんでお前飛んでんの』


 それが秋山との出会いで、それから色々と事情を話してくれた。

 ハルカが飛んでいたのを見て、ある意味自分と同類とでも思ったのかもしれない。


『跳び下りて怪我でもできれば、少しは気持ち悪くないだろ。まだちょっとまともな人間みたいな感じがするだろ』

「……」


 秋山衛の体は異常な程に丈夫だった。

 だから彼の家族も彼の心も壊れてしまった。


 秋山衛は自分が当たり前のようではなくても一応傷付く人間である事を、自分自身に証明したがっていたのだ。


 そしてまともじゃない秋山の存在が、ハルカにとって同類を見付けたという救いになったように、秋山もまた任意で天使の輪と翼を出現させ、超能力を使えるハルカの存在は救いとなってくれたのかもしれない。

 今まで色々な人に隠してきた事をオープンにして話せた自分達はすぐに仲良くなった。


 自分が秋山に対しての接し方が明るくなっていったのと比例するように、秋山も底抜けに明るくなっていった。

 というより明るさを取り戻していったのかもしれない。


 そんな秋山と出会ってからは毎日が少し楽しくなっていた。

 それはきっと秋山も同じの筈で、だとすれば今の自分が居るのは秋山のおかげだったように、自惚れでなければ秋山も自分の影響を大きく受けている筈だった。


 だからこそ、あの世界から自分の存在が掻き消えた時、果たして秋山はどうなったのだろうかと心配になった。

 ちゃんと元気なままで居てくれているか、心配になった。

 だけど、大丈夫だった。

 自分が好きだった秋山衛のまま、彼は今日も生きている。


「……さて、明日から頑張らないとね」


 明日から秋山の先輩だから、フォローする所はフォローして一緒に頑張っていきたい。


 ……もう秋山は昔の事なんて何も覚えていないのだけれど。


 彼との関係性はこれからまた積み上げていかなければならないのだけれど。

 秋山君と過ごした時間とマモル君と過ごす時間がこれから綺麗に交わる事はないけれど。


 それでも……また良い関係性を築き上げていきたいと思う。

 秋山のアパートに私物を置いていた時位には、良い関係を。


 ────


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