6 救われたという話
その後病院へと向かいながら今後の事についての説明を聞いた。
異世界から転移してきた人間はまず区役所で住民票を作る必要があるらしく、それから仮の住まいや数か月分の生活費を無利子無担保で借りる手続きなどを済ませた後、この世界の案内を受ける事となる。
そして後日職安などでの職探しが始まるとの事だ。
で、そんな話が終わればそこからは軽い雑談だ。
「え、ハルカも日本出身なのか?」
「うん。だから基本的な価値観は一緒だと思うから、分からない事なんでも聞いてよ。答えられる範囲で応えるから」
「へーそりゃ心強いな」
「ちなみに今聞いておきたい事とかある?」
「お前の苗字」
「思ったのと違う感じの質問来たね」
今まであの騒動の中で飛び交っていた名前で呼び合っていた訳だが、双方日本人だと分かったのなら、その辺りを把握して距離感に応じて適切に使い分けていきたいと思う。
「清水。清水春香。でも呼び方は今まで通りハルカで良いよ。先にそうやって会話してると、もう苗字より名前の方がしっくりくる感じがするからさ」
「そんなもんか? ああ、ちなみに俺の苗字は秋山な」
「うん。まあもう既にマモル君って感じだから、秋山君って呼ぶよりはマモル君って感じだ。それでいい?」
「それで良いぜ」
異性から名前で呼ばれるような経験はあまり無かったからか、妙な違和感を感じるけれど、ハルカがその呼び方で慣れてきているならそれも良いだろう。
悪い気はしない。
そしてお互い呼び名を決めた所で。
「さて、とりあえず到着」
「ああ、なんか病院って感じの外観だ」
「病院だからね。そりゃそうだよ」
そんなやり取りを交わしつつ自動ドアを潜り、順番待ちの札を発行して待合室に着席。
「お前は座んねえのかよ」
「一応血は止まってるけど、ほら、服とかに結構血ぃついてるからさ。椅子とかに血痕残ったりしたら嫌じゃん」
「いやいや、怪我人はもっと自分の事考えていこうぜ」
「あーうん……そだね。もし汚したら後で謝るって事で」
「そんときゃ一緒に謝るよ」
そんな訳でハルカも着席。そして番号が呼ばれる前に素朴な疑問をぶつけてみる。
「しかし医者ね。魔術とかあるんだからさ。一瞬で治すみたいな事はできねえの?」
「無理だね。現状そういう力を使える世界の人は来ていないかな。いないから普通に病院が大盛況な訳だよ。今日は極端にしても治安はそこそこ悪いからさ」
「そこそこね……そこそこ?」
……自分の中のそこそこの定義が覆りそうになっている。
「しっかし今日は空いてて良かった……色々あったからもうちょっとしたら人増えると思うんだけどさ……って呼ばれてる。じゃあ行ってくるね」
「おう。いってらー……さて」
診察室へと消えていく背を見送ってから、やる事も無いので暇つぶしに周囲を見渡した。
今後共自分はお世話になら無さそうな、そんな場所を。
「……」
これでも昔は世話になっていたのだ。
予防接種とかもそうだが、人並みに怪我だってしたし風邪だって引いた。
今となっては怪我もしないし風邪を引いても病院にはいかない。
自分の体がおかしくなっている事は分かっていたし、自分の体がおかしい事を知られる切っ掛けにもなるから。
そうでなくても診察でおかしな事が見つかり大騒ぎになる事も考えられる訳で。
だから一人暮らしを始めてから一回高熱で死にそうになったけど、病院の世話にはならなかった。
(でもそうか……今は別に変な事気にする必要もねえのか)
どこかバグっているのが当たり前の世界だ。
ハルカだって今は消しているが天使の輪は出て来るし翼だって生えるし、秋山に負けず劣らずバグっている。
だったら自分は、この世界では普通の人間だ。
(……こりゃ襲われたんじゃなくて救われたな)
元から絶縁していた親との繋がりを完全に断ち切って。
クソみたいな人生をリセットできて。
無くなったと思っていた、当たり前の生活を送る権利を手にしている。
……少なくとも秋山衛にとって、送り神は救いの神のように思えた。
とはいえ元の世界でも全部が全部碌でも無い事だったという訳ではないのだが。
金も学も地位も無かったが叶えたい。
叶えられるかもしれない夢もあった訳だから。
それでもその夢はきっとこの世界での方が叶えやすいだろうから、近々職を新しい職を探す事になる訳だが、思い描いている理想に近い仕事が無いか探してみるつもりだ。
どんな衝撃でも擦り傷一つ負わない。
そんな力を生かして人の為になる仕事がしたい。
「らしい仕事があるといいな」
そう呟いて、今後の事を自分なりにイメージしながらハルカが帰ってくるのを待った。
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