5 無敵
男に蹴り飛ばされ壁を突き破り店舗裏の道路へと投げ出された秋山の体は、何度か地面をバウンドして最終的に建物の壁に叩きつけられてようやく止まる。
だがそれでも、ボロ雑巾のようになった秋山はゆっくりと起き上がった。
「馬鹿みてえな力で蹴り飛ばしやがって。俺じゃなきゃ最悪死んでたぞ」
秋山衛でなければ死んでいた。逆に言えば秋山衛だからこそ生きている。
「……この位で怪我を負えてりゃ今頃……」
強い力で弾き飛ばされるという衝撃が過去の事をフラッシュバックさせて来るが、それに対して思いに浸るのは数秒で打ち切った。
もう過去の事はあまり深く考えない事にしている。大切なのは今だ。
「……戻らねえと」
戻った所で自分は精々盾にしかなれないだろうけど、盾になってでも守りたいと思う人がそこに居るのなら、深く考えずに全速力で飛び込むべきだ。
そう考えながら走り出そうとした時だった。
「おーい! 大丈夫―!?」
「あれ……なんか既に解決してる感じ?」
ラーメン屋の方からハルカがリストバンドを付けた右手を振りながら小走りでこちらへと向かってきていた。
その表情から重さを感じない事から、きっと自分が弾き飛ばされてからの僅かな時間では碌でもない事は起きなかったのだろう。
その事に安堵しながら、秋山も歩み寄る。
「ああ、俺はこの通り大丈夫」
「そっか。なら良かった! いやー凄い勢いで蹴り飛ばされてたから心配したよ。まあ前に出たから何かあるとは思ったけど、それでもね」
「何も無くても多分前に出たけどな。頭に血ぃ上ってたし」
「いや何も無かったら出ないでよ……」
そう言って苦笑いを浮かべるハルカに、秋山は問いかける。
「それで、中はどうなった? あのテロ野郎は?」
「キミが作った隙を突いてボコボコにしました。半分位キミの功績だからドヤって良いよ」
「っしゃあ俺最強!」
言われてドヤ顔を浮かべる。
昔の自分なら同じ事があっても絶対にそんな事は出来なかっただろうが、今ならできる。
……ああ、そうだ。昔の自分なら絶対に出来なかった。
怪我一つしない自分に対し、酷い嫌悪感を抱いていただろう。
自分の人生を滅茶苦茶にしたこの体に、激しい拒絶感を感じていただろう。
だけど今の自分はとても前向きで居られるから。
ある
と、そこで一つ気になる事が。
「……?」
ハルカがドヤるこちらを見て安堵するような、そんな表情を浮かべている。
無事であったことに改めて安堵してくれたのだろうか?
それは分からないし、態々尋ねるような事でもない。
多分あまり悪いことでは無いだろうし、ならばもうそれで良いだろう。
と、そう結論付けたどころで。
「……さてと。キミの無事も確認できた事だし、そろそろ動きますか」
「動くってどこに。ラーメン屋戻んの?」
「いや、あの場はアルバートさんが後処理済ませておいてくれるみたいだからさ、キミに忘れ物でもなければ戻らないかな」
「忘れ物ね……ラーメンに炒飯に餃子。まだ殆ど食べてねえ」
「今は食事できる状態じゃないと思うし、それは諦めてよ」
「……しゃーねえか」
当然と言えば当然の話。
分かってた。
流石に冗談で言った。
冷静に考えて食事なんてできる店内状況じゃないのは分かっている。
そして店がまともな状態だとしても、食事なんてしてる場合ではないのも分かっている訳で。
「じゃあさっさと病院行くか」
ラーメン屋に戻らなくても良いなら、まず真っ先に向かうべきはそこだ。
「いや、キミ服はボロボロだけど無傷じゃん。何診てもらうの?」
「馬鹿診て貰うのお前だよ。ガッツリ怪我してるじゃねえか」
止血できているのかは分からないけど額から血は出てるし、目に見えない所で何処か大怪我もしていそうで、とりあえず病院で適切な治療を受けるべきだと思った。
「あーそうだ。確かに一回お医者さん行きたいな……」
「え、何今気付きましたみたなノリ。もしかして俺全然見当違いな答え言ってたか?」
「違うと言えば違うね。病院はあくまで私の事だから。区役所員でお仕事中の私はキミ中心に物事考えているんだ。だからまず向かうのは区役所。キミの諸々の手続きとかをやらないと」
「あー多分マジで必要な奴だなそれも…………いやでも一回医者は行っとかねえ?」
「い……行って良い? 血は多分止まったけど、全身結構痛いんだ」
「勿論。寧ろ行ってくれ心配だから」
こうして秋山達は一旦近場の病院へと足取りを向ける事にした。
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