9 既視感

 さて、歩き出したのだが大問題が発生。


「で、お前んちどの辺?」


「んー分かんなーい」


「そっかー分かんねえかー俺もなんだよなぁ」


 ある程度の意思疎通は取れるから大丈夫だと思っていたのだが、通信環境は良くても肝心のナビの性能が著しくポンコツになってしまってい何も分からない。

 そもそも最初に指を刺した方角があっているかどうかすら怪しい。


「……参ったな」


 こうなってしまうとハルカを家へと送り届けるのが至難の業となってしまう。

 誰かに連絡を取ってハルカの住所を教えて貰うか……とは思ったが。


「……ああ、そうだった」


 そいえば自分の端末のバッテリーが切れていた事を思い出す。

 一旦自宅へ向かって充電し連絡するという事も考えたが、そもそも今日この端末を受け取り、本体以外を事務所の机に置いてきた為、そもそも充電の手段が無い。

 となれば頼りにすべきはハルカの端末。


「悪いハルカ、誰かお前の家知ってる人に連絡するから端末貸してくれ」


「ん」


 ハルカがそんな声と共に端末を手渡してくる……が。


「なあロック掛かってんだけど暗証番号は? いや、聞いたらまずいかこんなの」


「91……27348」


「言うのかよ。で、えーっと9は確かこれだったよな……っていうかロック四桁なんだけど」


「あーごめん、それATMの暗証番号かも」


「色んな意味で最悪じゃねえか!」


「えーっと、なんだったっけな……うへへ」


「この調子じゃ駄目そうだな」


 ハルカに端末を返却。

 本人に解除を試みさせても良かったのだが、この手のは複数回間違えるとロックが掛かったりといった風に厄介な事になるパターンが多い。

 多分この世界の物でもその可能性は十分あるだろう。

 そうなると後日可哀想だ。

 では……どうするべきか。


(……俺んち連れてくか)


 それしかないが……あまり気は乗らない。

 勿論嫌ではない。

 嫌では無いが、酔った女の子を家に連れ込むみたいな形になるのはモラル的にどうなんだという話。

 とはいえそんな事も言ってられない。自分の自制心を信じる事にする。


「よし、しゃーねえから俺んち泊ってけ」


「やったー秋山君ちだぁ!」


「やったーじゃねえだろ、男の家泊まんだぞ。酔ってる奴に言っても無駄だろうけどもうちょっと警戒しろよ」


「いやー秋山君なら色々大丈夫だよ」


(色々ってなんだよ。まあ信頼してくれてんなら嬉しいけど……っていうか今秋山呼びだったよな。どうした急に)


 酔いが回って色々と滅茶苦茶になっているのだろうか。

 そう考えると突然苗字で呼ばれた事は普通にスルー出来るけれど、引っ掛かる事が一つある。


(……でもなーんかしっくり来るんだよな)


 地球で主に苗字で呼ばれる事が多かったから、みたいなのとは違う気がして……もっと限定的な。

 それこそハルカから秋山君と呼ばれる事がしっくり来ている。

 良く分からない既視感のような物すら感じるのだ。


 まるでこれまでもそう呼ばれていたかのような。


(なんだろこれ)

 その感覚の正体は分からない。

 知り合ってからはずっと名前で呼ばれていて、そもそもまだ二日程度の付き合いで馴染む馴染まないも無いだろう。

 だからこの感覚は、どこかおかしい。


 おかしいが、今の自分の状態も少なからず普通じゃない。

 結局自分もかなり酔っているという事なのだろうか?


 そして当然の事ながらそんな事を深く考えても答えなど出る訳が無くて。だからこそ互いに酔っているが故に起きた、良く分からない事という風に自然と脳が処理しようとする。

 だけどその処理が終わる前にこんな言葉を投げかけられれば、それで終わらせられなくなる。


「……秋山君ち行くの久しぶりだ」


 終わらせられなくなった。

 良く分からない事に良く分からない物を重ねられた結果、浮かび上がってくる物もあるから。


 それに……苗字呼びに既視感を覚えた事と同じように、酔っ払いの妄言だという考えが広がる中で、それにどこか現実味を見出している自分もどこかにいるから。

 思考として纏まらなくてもフィーリングで。


「……久しぶりって、昨日案内の為に来たし、今朝だって迎えに来ただろ」


 探りを入れるようにそう問いかけるも、ハルカからはまともな返事は返ってこなかった。

 今までもあまり意思疎通が取れていなかったが、此処に来てよりそれが難しくなっている。

 だとすれば一人で思考に浸るしかない。


「……久しぶり、ね」


 普通に考えればそんな訳が無い。

 だけどハルカの言葉を元にこれまでの事を振り返ってみると、今にして思えば不可解な気がしなくもない事に、ある程度の説明がついて来る。


 もしもハルカが元の世界での知り合いだったのなら、納得できる事が多々ある。


 昨日ラーメン屋で初めてハルカと会った時、ハルカはまるで信じられないような物を見るような目でこちらを見てきた。

 それは例えば、異世界で知り合いと再会したりしたとでも言わんばかりに。

 少なくとも秋山衛が逆の立場で地球の知人と再会したら、あの位硬直すると思う。


 そしてそんな事よりも。

 そんな事よりも向き合うべき事がある。

 自分の人生の大きな分岐点についてだ。


 ……果たして自分は本当に一人で立ち直る事ができていたのだろうか?


 日常的に自殺を繰り返してきたような人間が、特別な出来事の一つもなく時間の経過だけで前を向いて歩き出せるようになるだろうか。


(……実際なっている。なっているけど。なったんだけど)


 結果に対する過程に納得が行かない。

 だけどもしそこにハルカが居たのなら。

 悩みをぶちまけられるような友人がいたのだとすれば……全てに納得が行く。


「……駄目だ、そうとしか考えられなくなってきた」


 自分の記憶が信用できなくなってきている。

 この記憶はハルカがこの世界に送られた結果、都合よく改竄された記憶なのでは無いか?

 酔っ払いの発言から生まれた滅茶苦茶な仮説なのは分かっているが、もうそうとしか考えられなくなってきた……なってはきたが。


「……なんで俺にだけこんな感覚が残ってるんだ?」


 酔っ払いの戯言を本気で信用するようになった大きな要因は、自身の既視感を始めとしたフィーリングだ。

 今にして思えば昨日のバハムートの一件のテロリストから、ハルカだけは絶対に守らなければならないと考えたのも近いような感覚だろう。


 つまり今の秋山衛は、上書きされている筈の記憶の一部を感覚として保持しているのかもしれない。


 こんな事は聞いていない。

 聞いていないという事は、今まで無かった事なのだろう。

 それが何故自分にだけはあるのか。


「……此処まで考えて完全に的外れな事考えてたら笑うし笑われるな」


 断片的な情報を集めてそう推測しただけで確定した話ではないし、そもそもハルカと知り合いだったなら何で初対面のフリをされていたのかって話になる。

 とにかく、今の自分に導き出せるのは此処まで。

 大体の事は明日ハルカに聞けば分かるのだから、答えはそれまでお預け。

 今日はとにかく、自制心を働かせて眠る。

 それでお終いだ。

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