4 restart
男にとって少年が飛び掛かってきた事はイレギュラーだったのだろう。
ハルカ用に構築していたであろう手元の魔術を放たないだけの判断はできたものの、その蹴りを放つ姿には焦りが見受けられた。
結果隙が生まれ、その隙を突くだけの力をハルカという少女は持っている。
「さっきはよくもやってくれたな……お返しだオラァッ!」
壁を突き破り店の外へと弾き出された少年の方に一切の視線を向ける事無く、最速最短で男の前へと接近したハルカは男の顎に向けてアッパーカットを打ち込んだ。
「が……ッ!?」
脳が揺れふらつく男。
更に追撃。
勢いそのままに体を捻って跳び上がり、男の側頭部に回し蹴りを放ち……そしてトドメ。
「ラストォ!」
その一撃で地面へと倒れた男に向けて、電撃のような物を纏った右の掌を押し付ける。
そしてスタンガンでも押し付けられたかのように激しく痙攣した男は、そのまま泡を吹いて意識を飛ばした。
「……っしゃあ、私の勝ちぃ……」
息を荒くしながら頭上に拳を上げガッツポーズ。怪我は負ったけど大勝利だ。
とにかく自分やアルバートが生きている事に安堵して、深く息を付く。
(いや、ほんと助かった……普通に死ぬかと思ったぁ……ッ)
かなり危ない状況だった。
男が使用する魔術は高威力のエネルギー弾を撃ち込むシンプルながらも強力な魔術。
初速が早い上に威力も高く、自身の力で張った結界で直撃を防いでも相殺しきれず、結果さっきもぶっ飛ばされた。
大ダメージだ。
先程は軽傷と言ったが大嘘で、壊れちゃいけない臓器が壊れていないだけの大怪我。
目に見えていないだけで泣きたくなる位痛い。
次は無いかもとも思った。
故に防ぐことも躱す事も現実的な選択じゃなくて、故に撃たれる前にどう攻撃しようかというのが大きなポイントで、だからこそシンプルに隙を作ってくれたという事はハルカにとって本当に大きな助けとなった。
本人的には前に出て蹴り飛ばされただけに思うかもしれないけれど。
まあそれはさておき。
「……コイツの意識落としたんだから、バハムート大人しくなってないかな?」
「なら良いんだけどな」
一難去って落ち着いた口調でアルバートが言う。
「とりあえずこの男の拘束とか連絡とかバハムートの相手とか。諸々の後処理は俺が引き継ぐ。だからハルカはアイツの様子を見てきてくれ。マモルはこの世界に来たばかりだから、あまり長時間一人にしておく訳にもいかない」
「なんか心配する方向性違くないですか? ……あの人凄い勢いで蹴り飛ばされたんですから、普通安否を心配するというか……もうちょっと慌てても良いんじゃないですかね?」
「いや、内心滅茶苦茶焦った。殺されたかもしれないと思った」
だけど、と焦りを一切感じさせない雰囲気でアルバートは言う。
「ハルカが全く心配していなかったからな。視線すら向けなかった。普段のお前なら考えられない事だ……今だって別に心配してないだろ?」
「えーっと、つまり何が言いたいんですか?」
「あの程度の攻撃ならアイツは大丈夫だって確信していたんじゃないかって話だ……推測だがお前は秋山衛という少年の事を知っているんじゃないか?」
そう指摘され、軽くため息を吐いてからハルカは言う。
「……友達だったんです」
「……だった、か」
「向うは私の事、全部忘れている筈ですから。ああ、この事は全部秋山君には内緒で」
「どうしてだ? 伝えればいいじゃないか」
「言ったら思い出してくれる訳でもないんで。だったら一から関係性を構築したいなって思うのは、別におかしい事じゃないですよね。過去に縋っても辛いだけだし」
「……お前がそう思うならそれでいい」
そう言われながら視線を友達が蹴り飛ばされた方に向ける。
おそらく秋山衛はあの程度の攻撃では掠り傷一つも負わないだろう。
負わないからこそ、彼の人生は滅茶苦茶になったのだ。
だがそれはまだこの世界に来たばかりの友達を一人にしておいて良い理由にはならない。
「じゃあ此処は任せました。連絡は保安課の特務二班の方に。私は秋山君……いや、マモル君回収してそのまま区役所に連れていきます。手続きとかは終わってないですよね?」
「さっき知り合ったばかりだからな……じゃあ引継ぎだ。後の事はよろしく頼む」
「了解です!」
そう言い残してハルカは走り出す。
もう自分の事なんて微塵も覚えていない大切な人の元へ向かって。
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