3 テロと天使とバハムート

「な、なんだぁッ!?」


 突然の衝撃に思わず立ち上がり、同じく他の客も突然の事に騒めき出した。

 そして壁に叩きつけられて倒れていた黒髪セミロングでスーツ姿の……あと今更何が出てきても驚きはしないが、天使の輪っかと光の翼が付いている少女に思わず反射的に駆け寄る。 


「おい、大丈夫か! 何があった!」


 多分聞いても自分には理解できない事だろうけど、それが分かっていても体が動いた。


 そしてこちらの声に気付いた少女は、秋山の方に視線を向けながら言う。


「心配してくれてありがと。でも私に構わず今は逃げて。私は大丈夫だか……ら?」


 何故か硬直した。そして信じられないような物を見るような視線を感じる。


(……なんだ? 何その視線)


 そういう視線を向けられてもおかしくない人間だという自覚はあるが、それでもまだ自分は一見しただけでは普通の人間に見えている筈で、一体何故そんな視線を向けれているのかがまるで理解できない。


 そして理解できない事がもう一つ。

 この女の子を見ていると、命に代えても守らなければならないという強い感情が沸いてくるような、そんな感覚がする。


 当然こんな形で飛び込んできたものだからその子は血塗れの明らかな怪我人で、だからこそ助けなければならないという感情が沸いて来るのは当然の事なのかもしれないのだけれど。

 だけどそれ以上の強い何かが湧いてきている気がするのだ。


 ……とにかく、何が起きているかは分からないが、この子は守らないといけない。


 そして硬直状態になっている二人の間に割って入るように、アルバートが駆け寄ってくる。


「おいどうしたハルカ。そんなにそんなに慌てなくてもランチセットの提供時間は──」


「こんなアクロバティック入店してたらお昼ご飯どころじゃないでしょ! あ、ていうか私のスクーター勝手に乗ってかないでくださいよ!」


 視線を声の主に移したハルカという名前らしい少女は立ち上がりながらそう吠える。


「いや、俺声を掛けたぞ? 書類と格闘してて適当に返事してたみたいだが……」


「……ッ、と、とにかく事故ったりしてないですよね!? この前カスタムし終えた所なんですから!」


「一応お前に支給されてるが、あれ役所の備品だからな? 許可なく勝手にカスタムするなよ。割と普通に問題だぞ?」


「ぐぬぬ……ってそんな事言ってる場合じゃない!」


「今は言ってる場合じゃないが、勝手にカスタムした件については始末書書いとけよ」


 と、そこまで言ってから真剣な声音でアルバートは言う。


「怪我は大丈夫か?」


「軽傷です!」


「で、何が起きてる?」


「テロ!」


「「……ッ」」


 既に物騒な状況ではあるが、分かりやすく物騒な単語が聞こえてきて緊張感が走る。

 何が起きても自分は大丈夫だと思うが自分以外の人達が大丈夫な保証なんてないから。


「具体的にどんな感じだ?」


「ヨシザキさんちのバハムートがまた逃げ出したって話だったんだけど、どうもバハムートを神として信仰している世界出身の人が、バハムートペットにしているのにブチ切れてるっぽくて、態々解放した上で魔術でバハムートを暴れさせてる感じ! テロだよテロ!」


「なるほど。そういうパターンか。じゃあハルカはバハムートにぶっ飛ばされた感じか?」


「いや、バハムート拘束する為に手ぇ出したら、テロリストの方にやられた!」


「まあ神様攻撃されてるような物だからな……なるほどキレる訳だ」


「いや良く分かんねえけど落ち着き過ぎじゃないですか!? なんかやべー事になってるんですよね!? もっとこう……焦ったって!」


「まあヤバいが良くある事だ。文化や特に宗教観があまりに違う人間が来る事やその人間がトラブルを起こすのだって珍しくない……慣れたよ。皆慣れる。その位逞しくないと生きていけないさこの世界は」


 と、そんな事を聞いていると店主が声を張り上げる。


「はーい! なんかヤバそうなんでお代後日で良いんで裏口から逃げてくださーい! 押さない走らない戻らないでお願いしまーす! っておいバイトいつまで炒飯炒めてんだ! んなもんいいからさっさとガス切って逃げろやボケェ!」


 そんな光景を指さしてアルバートが言う。


「ほらあんな感じにな」


「なるほど、こんな状況でも落ち着いて炒飯炒めるような胆力が居ると」


「そっちじゃない」


 そんなやり取りをする秋山とアルバートにハルカは言う。


「二人も裏口から逃げて。なんかテロリストの方がこっちに凄い勢いで向かってきているから」


「というかもう来たみたいだぞ」


 アルバートがそう言った瞬間、入り口の扉が蹴り破られる。

「生体反応が消えてねえと思って来てみれば、まだピンピンしてんじゃねえかよ。マジか」


 そう言って現れたのは黒装束を身に纏った男だ。

 見るからに怒り心頭といった様子で、その怒りの矛先が。

 殺意の矛先がハルカに向いている。


「態々此処まで来るって事は相当ハルカ個人にブチ切れてる感じだな」


「当然だ! その女はなぁ! 神獣であるバハムートにあろう事か人の身で穢れたまがい物の神属性の魔力を打ち込んだ! それは即ち万死に値する! 俺がこの手で裁くんだ!」


「いや一回気絶させないとってなったら打てるもん打ち込むしか無いでしょ。もう既に近隣住民に被害出てんだから……って言っても伝わらないか。ていうか普段人懐っこいから危ない感じだったあの子を凶暴にしたのアンタだけど、その辺はアンタ的にどうなの」


「本来あるべき姿に戻したんだ。何も悪い事なんてないだろう」


 そう言った男の手が発光する。

 推測でしかないが、何かを撃とうとしているのだという事が理解できた……その矛先をハルカに向けて。


「想像通り中々面倒なのを相手にして……って、ちょっと待てマモル!」


 制止するアルバートの言葉を無視して、自然と秋山の足取りは男へと向いていた。


 ……目の前の男が九割九分悪いと思う。

 だけどそれが正しいかどうかを判断する事は秋山にはできない。

 実際目の前の男が今までの人生を積み重ねてきた世界では、それが正しかったのだろう。

 彼の倫理観についてそう思うからこそ、正しいとか間違っているとか、そういう論争はできないし、そういう論争をする立場でもない。

 そんな学もない。

 だからどうする事が正解なのかというのは、正直分からなかった。


 それでも。

 それはそれとして。

 絶対に守らなければならないと思っている女の子が怪我をさせられた。

 そしてこれから更に追い討ちを掛けようとしている。

 それを見て複雑な事を考えていられるような精神的余裕は無かったから。


「ちょっとお前ぶん殴るわ」


 今はただ私怨で目の前の男をぶん殴りたい。

 その手から発せられる何かを届かせたくない。

 その一心で一歩一歩前へと踏み出し……そして飛び掛かった。


「うぉ!? なんだてめえ!?」


 そして次の瞬間、突然射線に入り飛び掛かってきた障害物をどかすように、秋山の脇腹に男の鋭い蹴りが叩き込まれる。


 ダンプカーに跳ねられたと錯覚するような激しい一撃が。

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