7 託した男
早々とアルコールの影響は出ていたものの、それでも酒に弱い体質な訳では無かったらしい。
「お前酒強いな」
「いや、まだ全然余裕っすよ。まだ何杯か行けそうっすね」
飲み会も終盤に差し掛かり、流石に極度のちゃんぽんは周囲の静止で極力避けてはいるものの、現在中ジョッキを何杯も空けている状態である。
「明日どうなるか若干心配な所ではあるが、現時点で意識もしっかりしているならおそらく強い方だ。弱いとあんな感じになる」
「なるほど……納得っすわ」
視界の先ではソフィアが完全にぐっすりであり、そして。
「いやいや、わらしだってまだじぇんじぇんのめましゅって……」
机に突っ伏しているハルカも限界そうである。
「間違ってもコイツら一人でとか、この二人で知らない奴らと酒を飲ませちゃ駄目だな」
「らからわらひはらいじょうぶでしゅって。おっさけよっわいのソフィアさんだけですよぉ」
「ほら、水飲むか水。おーい……ハルカ?」
返事がない。完全にぐっすりである。
「毎回恒例の光景だな」
「いつもこんな感じなんすか?」
「ああ。で、翌日二人共記憶無くなってる事が多い。酒の勢いで妙な事をしないようにな」
「いやしねえっすよそんなゲスい事」
「なら良い……ちゃんとまともな人材が入ってきて俺は嬉しいぞ」
アルバートがそう言った後、思い出したように言う。
「で、どうだ今日一日相談課で働いてみて。色々な意味で大変だったとは思うが……一応お前はハルカに誘われたなんてふわふわした理由がきっかけだった訳だからな。ちょっと心配だったんだ。続けられそうか?」
「ああ、まあなんとか大丈夫そうです。それに一応志望動機それだけじゃないですし。そう簡単に折れないようにはしていきたいって感じです」
「ほう、他に志望動機あったのか」
「ああ、そういえばアルバートさんには話してなかったっすね」
この辺りの話をちゃんとしたのはハルカにだけかもしれない。
「元の世界に居た時から、人助けができるような仕事したかったんすよ俺は。金貯めて外国の語学だけなんとか覚えて、紛争地とかで何かやれればなーとか。ほら、俺頑丈なんで。他の人にはできない危ない事一杯できるっしょ」
この体質の所為で自分の人生は一度滅茶苦茶になってしまったのだけれど、それでもそれを生かして誰かを助けられたなら。
誰かの人生を少しでもいい方向へと持って行けたら。
その時はきっと今よりもずっと自分を肯定できそうだったから。
「だから相談課に入りました。色々危ない事もあって、人助けもできる仕事っすよね」
今日の事に自身の頑丈さは役に立たなかったけれど、いずれ役に立つ日も来るはずだ。
「確かにそうだが……」
アルバートは難しそうな表情を浮かべた後に、至極真っ当な事を言う。
「それどちらかといえば保安課の方が適性あるんじゃないか?」
「やっぱそうっすよね」
「じゃあ何故相談課に? ……ってそうだ、誘われたんだったな」
「ついでに保安課だけは止めとけ、相談課に入れって、そこで寝てる奴に」
「成程大体理解した」
そしてアルバートは数口ビールを飲んでから言う。
「だがまあどちらかといえば向いているのは保安課じゃないかってだけだ。相談課にもお前の様な人材は必要だよ。お前が思い描いてたような人助けをする場面もあるだろうしな」
「それに結局保安課から応援頼まれたりもするらしいっすからね」
「それは正直すまんと思ってる」
アルバートは申し訳なさそうに、主にその被害に合っているハルカに軽く頭を下げる。
「ただ呼び出してるアイツらも悪気は無いんだ。保安課は保安課で人手が足りていない。定期的に世界の危機みたいな問題にぶち当たるからな……足りて余る方がおかしい」
「世界の危機、っすか」
「色々な世界から色々な思想や技能を持っている人間が集まっているからな。頻繁に起こるさ」
「……どこも大変っすね」
「まあだからといって、保安課の方が大変だってマウントを取るつもりは無いがな。そもそも俺は今相談課の人間だし」
「ちなみになんでアルバートさんは最初に保安課に入ったんすか」
「俺か? そうだな……まあ元居た世界で結構ドンパチやっていたからか」
「ドンパチ……っていうと軍人とかっすか?」
「いや、そういうのと戦う側」
「……てことはテロリストとか」
「人聞きが悪いと言いたいところだが連中からすればそういう扱いだったんだろうがな。だが流石に自分からテロリストを名乗るつもりはない。俺が率いていたのは反政府のレジスタンスだ」
「率いてたって事はリーダーみたいな感じっすか」
「ああ。俺が作って大きくしていった……本当に碌でも無い連中が政権を握っていたからな。大勢の人間が俺達の味方をしてくれたよ。皆国を良くするために頑張ろうと動いてた」
だから、とアルバートは言う。
「俺はこの世界では保安課に入る事にした。元の世界じゃ政権を壊す必要があったが、この世界は治安は悪くともそれでもある程度まともな世界だ。だったら守る側で居たい。どの世界に居ようと向くべき方向は同じだ。それに保安課なら今までの培ってきたノウハウも生かせるからな」
「ノウハウっていうとドンパチやる事と、あと整備開発のって事っすか?」
「いや、整備とか開発とかそういう類いの事はこっちに来てから始めた」
「マジっすか? 詳しく見てないけど絶対経験とかいる奴っすよね?」
「思わぬ方向で才能が開花するっていうのは、この世界ではよくある事だ。元の世界に魔法が無かった人にとんでもない魔法の才能が眠っていたりするように、自分の世界とは違う技術に触れて才能が開花する人も居る。俺の居た世界も魔法が中心で科学技術はそれ程高くなかったからな。できる事なら身に着けた技術を持って帰りたいよ」
そう語るアルバートに、少し気になって一つ問いかけた。
「って事はアルバートさんは、元の世界に戻りたいって思ってる感じっすか?」
元の世界の事をあまり詮索すべきではないというのは分かっているけれど、此処まで自分から話してくれたのなら別に聞いても良いだろう。
今後の為にも。
色々な転移者に今後向き合っていく為にも、周囲の人間がこの世界に来たことに対してどう向き合っているのかは知っておきたい。
特に自分とは違い元の世界に未練が強くありそうな人間の話なら尚更。
そしてアルバートも嫌な顔をせずに答えてくれた。
「この世界に来た当初はそう思っていた。敵はまだまだ強大で、俺は大勢の仲間を導く立場にあった。それが突然送り神にこの世界へと送られたんだ。なんとしても帰還して、己の責務を全うする必要がある」
「来た当初はって事は今は違うんすか?」
「そうだな。理由は二つある。まず一つは元の世界へと戻る為に生じる大きなリスクだ」
「百人に一人程度しか帰れないんすよね?」
「良く知ってるな……だかリスクはそれだけではない。その失敗作のような手段を取る為に必要な道具や具体的な手法などは全て転移研が握っている。半ば投身自殺のようなそのやり方の詳細を公にはしていないんだ。当然だがな。つまり成功確率は1パーセント。そして成功しても自分はいなかった事になっている。そんなどうしようもない事の為に、最悪転移研の人間に対して牙を向かなければならなくなる。私利私欲の為に人に暴力を振るうんだ。それはもうテロリストと……俺が倒そうとしていた相手と変わらない。どんな大義名分があってもやっていい事と悪い事があるんだ」
それに、とアルバートは落ち着いた表情で言う。
「居たんだよ。俺の代わりをできる奴が」
「代わりっていうとレジスタンスを率いるリーダーのっすか?」
「ああ。凄いぞアイツは。俺がこの世界へ来て三年だから……生きていればお前らの一つ上だな。だから15の時点でコイツになら任せられると思わせてきた訳だ。まるで別の世界を生きているような奴だったよ。実際は俺が別の世界で生きるべき人間だった訳だが」
「15の時点でって……適切な表現か分かんねえっすけど漫画の主人公みたいな奴っすね」
「実際そんな感じだ。そんな奴だから、俺は元の世界へ帰る事を諦める事ができた。俺がいなくなり、その穴は違和感なく埋まる。そうなれば埋めるのは間違いなくアイツだから」
そう言ってアルバ―トは秋山に視線を向けて言う。
「そんな訳で今の俺に未練のような物は無いに等しい。で、お前の過去は殆ど何も知らないが、お前も未練が無いタイプだろう? 違っていたら悪いが」
「いや、大正解っす。俺はこの世界に来た事が色々プラスに働いてるタイプなんで」
「そうか。なら俺達が頑張って行かないとな。ただ前だけ見て生きていけば良い分、そうでない奴らよりも幾分か身軽だ」
「そうっすね。今の事だけ考えて生きていけるのが滅茶苦茶恵まれてるんだろうなってのは……色々と分かったんで」
「分かってるなら良い。ならその調子で頑張ってお前のバディを助けてやってくれ」
「勿論。なんか外回りとかも一人でやるのしんどかったって言ってたし。俺頑張りますよ」
「俺も早い所お前の装備を用意しないとな。警察課の連中からも新人を速く戦えるようにしておけと言われてる」
「それ臨時の応援っていうか、一部隊としてカウントされてませんか俺達」
「流石にそれは……いや、えーっと、すまん、否定できない」
「じゃあもう絶対されてるっすよ。だったら尚更、早い所良い感じの装備作ってください」
そう言って秋山はハルカに視線を向けて言う。
「ハルカに危ない事任せっきりで昨日みたいな怪我とかさせたくないんで」
今後可能な限りそれだけは避けたいから、とにかく戦う力は早急に付けておきたい。
それに……自分でもよく分からないけど。
(なんかハルカは特別危ない事をしてほしくねえんだよな)
初めて会ったあの時と同じような感覚だ。
自分以外の誰かを危険な目に合わせたくないというのは大前提として、その中で特にハルカには危険な目に合って欲しくない。
不思議と。
不自然な位に不思議とそう思う。
そしてそんな不自然な感覚を知ってか知らずか、アルバートが問いかけてくる。
「そう思うのはハルカだからか?」
「そうかもしれねえっす。なんか分かんねえっすけど、アイツは初めて会った時から守んねえとなって思うんすよ」
言いながら何でこんな事馬鹿正直に答えてんだと思ったが、時既に遅し。
これが酒の力。
「……そうか」
そしてそれを聞いたアルバートは茶化すような事はせず、代わりに深く考えこむように口元に手を添え黙り込む。
「あの、どうしたんすか?」
「……いや、なんでも」
「……?」
果たして何について考えこんでいたのかは分からないけれど、それも酔いのせいかどうでもいいかって感じになって。
それからしばらくして、普通に楽しいという感情だけを残して歓迎会という名の飲み会は終了したのだった。
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