6 歓迎会
「いいか、最初は生を頼むのが暗黙のルールだ。よく覚えておけ」
日も沈み丁度良い時間になった頃、予約を入れていた良い感じの居酒屋の席で、冷静な声音でアルバートにそう助言される。
「あ、そうなんすか。俺の居た世界じゃまだ酒飲める年齢じゃないんで、その辺の事全然知らないんですよね。じゃあ俺は生で。ハルカはどうする? って聞くまでもねえか」
「私カシスオレンジで」
「ちょっとアルバートさん、暗黙のルールぶち破ってる奴居ますよ」
「……お前はああはなるなよ」
「うす」
「いや、なんでマモル君同調してんの?」
「そうよ、聞かなくていいからそんなビール大好き人間の話なんて。そもそもこの世界にそんなルールは無いわ。だから好きなの飲めばいーの」
「そうソフィアさんの言う通り! というかビールなんていう意味分からない苦さした謎の炭酸飲料を好き好んで飲めるか―って感じだよ。一杯目も二杯目もお酒は甘いのが最強。あ、ちなみにソフィアさん何飲みます?」
「とりあえず生で」
「すっごい勢いで梯子外されてない!? くそ、味方がいない! あの他の皆さんは!?」
「「「「「とりあえず生でお願いしまーす」」」」」
「くそう! この飲み会味方がいない!」
そんな和気藹々とした空気の中、各々がドリンクを選びタッチパネルでオーダーしていく。
(……マジでこんな空気久々だな)
当然飲み会なんてした事は無いけれど、それでも家族以外との和気藹々とした場は例の一件以前は何度も経験していて、久々にそういう空気に当たると気分が高揚して、自分はきっとこういう場に飢えていたんだろうなと思えてくる。
まだ何も始まってはいないのだけれどこの段階でも外回りを終えてから延々と胸の中に残っていた靄のようなものが、一時的かもしれないけれど晴れたように思えてくる。
幸せな方向に引っ張って貰えている。
だからこそ確信できた。
(……俺がやらねえといけねえのはこういう事か)
秋山衛という人間では、今日のような被害者に対して同情は出来ても同調はできない。
元の世界に帰りたいと思っている誰かに対して、適切かつ心に響かせられる言葉なんて言える筈が無い。
そんな嘘を吐ける程自分が器用な人間だとは思わない。
だから結局の所、自分にできるかもしれないのはこういう事だ。
ハルカが飲み会前に言っていたように模範となってこの世界で楽しく生きて、そういう領域にまで少しでも良いから引っ張り上げる。
現実的にこの仕事で自分が誰かにしてやれそうな事というのは、きっとその位だ。
だからその位の事をこれからやって行けるように、まずは今日の飲み会を楽しもう。
と、そこで最初にオーダーしたドリンクと、お通しとかいう注文もしていないのに何故か出される謎メニューがテーブルに並ぶ。
(いや、うん……なんだこれ)
この世界に来てからは全食元の世界でも馴染のある食べ物を食べてきた訳だけど、目の前に出てきた謎メニューは、本当に謎としか言いようがない何かだった。
「成程、お通しでバビビュップベベブルのブブボブル漬を出してくるのか。レベル高いな」
「バビュ……何ですかその濁点の塊みたいな……?」
「ああ、マモル君は分からないよね。これはね、バビビュップベベブルをブブボブルで漬けたとある世界の郷土料理だよ」
「いや、何も分かんねえままなんだけど!?」
「まあ食べて観なさいよ。滅茶苦茶美味しいから」
「は、はい……食べてみます」
まあラーメンとかが無い世界からこの世界に来て、ラーメンって何ぞやみたいな事もきっと良くある筈なので、こういう未知との遭遇は通過儀礼なのかもしれない。
……寧ろこういう出会いを辛いコーヒー以外に経験せずに一日半過ごした時点で、やはり地球人が馴染みやすい環境の世界なんだなぁと、ここに来て改めて思う。
「まあ少し待て。先に乾杯の音頭を取ってからだ。というわけでソフィア頼む」
「えー私? まあいいけど、私が此処の頭だし」
そしてソフィアが言う。
「はい、そんな訳で本日、人手不足の我らが生活相談課に新しい仲間が加わりました! 知っての通りマジで人手不足なんで止めちゃわないよう皆でフォローしてあげてください!」
その声に一同強く頷く。
人材を流出させてたまるかという強い意志を感じてなんか怖い。
全方位からアームロックを掛けられているような気分だ。
「そんな訳で乾杯!」
『カンパーイ!』
何やら不穏な音頭と共に飲み会がスタートする。
となると次に不穏な空気を漂わせているのは、バビビュップベベブルのブブボブル漬である。
「さ、食ってみろ」
「……うす」
魚なのか肉なのか野菜なのか穀物なのか。
そもそもブブボボル漬って何なのか。
謎料理に恐る恐る箸を伸ばし、そして一口。
「……うっま」
「でしょ?」
ハルカの言葉に頷く。
多分肉。おそらく肉……いや魚かもしれない。
……とにかく。
それが良い感じにピリカラ具合な味付けになっている。
それ以上の食レポは不可能。
今までの積み重ねてきた知識と経験では、この料理の感想を適切にアウトプットできない。
「……これが異世界か。今までで一番異世界感じてる」
「で、ソイツはビールにもよく合う。そのままグイっと飲んでみろ」
「はい!」
想像以上に美味しいバビビュップベベブルのブブボブル漬で勢いづいてビールを一口。
「……成程」
確かに苦みが強い。
だけどそれだけではなくて……良く分からないが、とにかく。
「どうだ?」
「いいっすね、なんかこう……良い感じに苦みがあるのが。うん、凄く良い感じですよこれ」
次の瞬間、アルバートとガッシリ手を組み合う。
「見込み有り……だな」
「ビール最高!」
「17歳の発言じゃないよね」
「それ同じく酒飲んでる奴に言われたくねえんだけど……でも確かに未成年なのに堂々と酒飲んでるっていうのは、背徳感がすげえな」
「あーそういえばハルカちゃんやマモル君の居た国は20歳からだっけ? 私この世界出身でそういう法律と縁無いから違和感が凄いわ。アルバートの所はどうだっけ?」
「俺の所は18歳からだったな。お前ら二人はまだ飲める歳じゃない」
「その割には誰にでもお酒進めるよね、アルバートさん」
「俺もこの世界に来てそこそこ長いからな。郷に入れば郷に従えっていうのを違和感なくやれるようにはなってきた」
「お酒進めるのはいいけど、ちゃんと正しい飲み方教えないと駄目よ。そんな訳でマモル君、お酒を飲みつつ適度に水を飲んでおく事。悪酔いしにくくなるから」
「後はあまり色々な種類の酒を飲みまくるのも良くないな。酷い酔い方をする」
「そだね。酷い目に合うよ」
「初めの頃酷い目に合ってた経験者だけあって、言葉が重いわね」
「……いや、ほんと……二日酔いは死にたくなるよ」
「き、肝に銘じ解く」
「ちなみに絶対カシスオレンジの方が美味しいと思うんだけど、二杯目カシオレどう?」
「この流れで違うの進める?」
「いや、ちゃんぽんは確かにあまり良くないけど、少しなら割と大丈夫。私も次違うの飲むし」
「だったら次カシオレ行きまーす!」
「まあ俺はビールが一番うまいとは思うが色々な酒を経験しておくことも大事だ。自分のキャパも見極めつつ、色々と試していけばいい」
「うぃーっす。了解っす」
「えっと、軽く答えてるけどアルバートの言う通りちゃんと自分のキャパを見定めないと駄目よ。なんか口調とか雰囲気荒くなってるし、早速酔いが回ってるんじゃない?」
「イヤー全然平気っすよ。なんも変わんねえっす。そうっすよね?」
「「「……回ってる」」」
「え? そうっすか? まあ良いけど」
なんか知らんがとにかく楽しい感じになった。
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