11 転移のリスク

 それから取り急ぎ生きていくのに必要な施設を中心に、辺り近辺の案内をしてもらった。


 スーパーマーケット。

 雑貨屋。

 書店。

 美容院。

 他にも色々。


 過去に家を出て別の所に引っ越した時もこうして色々覚えたなと、既視感が沸いて来る。

 沸いて来る程度には、感覚的に引っ越し先の自宅周辺を散策している感じ。


 ただ肌の色の違う人が多かったり、髪の色が違う人が多かったり。

 空を見上げたらドラゴンが飛んでいたり、当たり前のように帯刀している人が居たりというスパイスが加わっているのはこの世界ならではという感じはするけども。


「大体こんな感じ。どう、改めて色々見て回ったけど、馴染めそう?」


「既に実家より実家みてえな感じがする」


 寧ろ実家の方が異世界のようだった。

 あの空間こそが全く違う世界で、両親は間違いなく違う世界に行っていた。


「しっかしどうしてまあ此処まで俺達にとって住みやすい世界になったんだ。色々な世界の人が来ている筈だろ。もっと滅茶苦茶な世界観になっててもおかしくないと思うけど」


 一段落着いて、近くの店で購入したソフトクリームを食べながらそんな事を問いかける。


「さあ? でも結局さ、私達から見てすっごいファンタジーな文明は過ごしにくいと思うし、近未来SFみたいな世界も凄いけど、多分絶対落ち着かないじゃん。つまり私達の時代の地球の先進国位の生活が一番丁度良かったんじゃないかな。だから自然とそこがベースになって、後は違法建築みたいに色々な文化文明がドッキングしているんだと思う」


「そんなもんか?」


「そんなもんじゃない? 結果そうなってるし。とにかく結構慣れるまでは大変だけど、異世界から来てこの世界の生活様式を住みやすく思う人も大勢いるからね」


「アンケでも取った?」


「取ってるよ。本来ドンパチするより、そうやって色々お話を聞いて回ったりするのが私達のメインの仕事だから。ある程度は把握してるんだ」


「そういやそういう仕事だったな。だとしたらすげえ説得力」


「でもほんと、そういう人が多数派で良かったよ。結局この世界で生きていかないといけないんだから、生きる世界を過ごしやすく思って貰えた方が絶対に良い訳だし」


「……なぁ、いくつか質問良いか?」


「勿論。マモル君の担当を引き継いだ時点からそれも私の仕事だからね。遠慮なくどうぞ」


「それじゃあまず一つ目……マジでこの世界から帰る方法はねえのか?」


「帰りたい?」


「いや、俺はこの世界が良い。これはただ気になっただけだよ」


 やり残した事のあるような人間がこの世界に残っている以上、無いに等しい物だというのは聞かなくても分かっているけど、それでもこの世界に来る事は出来るんだから帰る為の方法の一つや二つ、無い方がおかしいように思える。

 初めから帰れないという話は聞いていたけど、その辺は疑問だった。


「……実を言うと、全く無い訳じゃないんだ」


「え? あんの? マジで?」


「うん、マジで」


 正直絶対無いと思って聞いていたので普通に驚くが……とはいえ。


「でもあまり現実的な話じゃないんだろ?」


 その表情や声音から、全く無い訳ではないけど有って無いような物だという事は察する事が出来るし……ハルカが母親に会いに行けていない時点で、流石にそう確信できる。


「そういう事。もし簡単にうまくいくならこの世界の人口はもう少しだけ少ないと思う」


 そしてハルカは一拍空けてから言う。


「転移研っていう異世界転移について研究している研究所があってね、三人寄れば文殊の知恵ってことわざがあるけど、そんな感じで何十人も色々な世界から頭が良い人達が集まれば色々と見えてくる物もある訳で。一応別の世界へ渡る為の手段は確立されているんだ」


「一応……ね」


「難しい話だから詳細は省くけど、そのやり方で飛べたのは百人中一人だけ」


「百分の一……その、何だ。失敗した人達ってのはどうなったんだ?」


 なんとなく察する事は出来たのだが、それでも恐る恐る尋ねるとハルカは静かに言う。


「亡くなっている筈」


「……そうか」


 それは確かに現実的では無い。

 殆どただの自殺行為だ。


「ちなみにその時の一人が、元の世界で自分の存在が抹消されている事を突き止めたんだ。それまでも本人曰く有名歌手の人とかがこの世界に来て、その後で同じ世界から来た人が知らなかったっていうような事もよくあるから、存在が消されている説は濃厚だった訳だけどさ、その一人の証言で、その辺は確定になったよ」


「……しんどかっただろうなその人も」


「だと思う。そしてそれを聞いたこの世界の人達も皆しばらく落ち込んでたらしいよ」


 自分は精々バイト仲間に忘れられてたら軽くショック程度なのだが、帰りたいという意思があって元の世界に帰って、そしたら誰も自分の事を覚えていないという、まるで存在しない筈の人間になっているというのはきっととても辛い事だとは思う。

 他の住民にしたって、自分が元の世界に戻れた時の事を考えると辛いだろう。


「……ってちょっと待て。その人はこの世界に戻って来たのか?」


「ほら、その人は本来その世界で生まれる筈の無かった人だから」


「送り神か」


「うん。大体一年後位にこの世界に戻ってきた。だから色々な情報を今の私達は知っているし、研究だって今も続けられている」


「9割9分死んだのにか。それに戻った所で誰も覚えていねえのに」


「大きな犠牲でそれ相応の大きなデータが取れた。それを絶対に無駄にしちゃいけないって考えみたいで……記憶云々の問題は着いて回るけど、それにについてはだとしても帰りたい人が大勢居るって感じ」


(忘れられても帰りたい理由、か)


 例え誰にも覚えられていなくても、為さなければならない事があったりとか。

 単純に元の世界が好きで、例え一からやり直す事になっても元の世界に帰りたかったりとか。

 この世界が絶望的にその人に合わなかったりとか、その辺は色々あると思う。


 そしてそういう話をしていると聞きたくなってくる。地雷だと分かっていても。

 あまり触れない方が良いのは分かっていても。

 それでも……聞かないと駄目だと思った。


「お前は……忘れられてても、帰りたいって思うか?」


 もし次にそういう機会があったとして。多少リスクが軽減されていても、それでもリスクのある機会が目の前に現れたとして……それでも挑戦する意思がそこあったとして。

 その時ハルカという女の子が自殺行為に及ぶのを止める事ができるように。

 その心構えを固めておくために、自分がその時に近くに居るのかは分からないけれど、それでも知っておかなければならないと思った。


「いや、帰るつもりはないよ私」


 迷う事無く間髪入れずにハルカはそう答えた。


「え、あ、そうなんだ」


「もしかして色々後悔残ってるから帰るかもって思った?」


「まあ、そんな感じだな」


「確かに……まあさっきのラーメン屋でヘラってたみたいにさ、正直思った以上に私の中の後悔は大きいよ。この世界に飛ばされた直後よりも、会えない時間が長くなれば長くなる程、その後悔みたいなのは大きくなってる。だけど……流石に私の事を忘れちゃってるなら、もうどうしようも無いからさ。後悔は残りながらも諦めは付いてる……もし覚えているかもしれないってなったらどうするか分からないけどさ」


「……そっか」


 それを聞けてとても安堵できた。

 ある程度事情を知っている顔見知りが死ぬような事は、できれば起きて欲しくないから。


「もしかして心配してくれた?」


「そりゃするだろ。俺みたいに頑丈じゃないんだから。危ない事はあんましてほしくねえ」


「そっか」


 そしてハルカは一拍空けてから言う。


「ならまず転職とか進めた方が良くない? 私今こんな有様だよ?」


「確かに。ごもっともだ」


「ま、辞めないけどね」


「辞めねえんだ」


 ダブルスタンダードにはなってしまうが、正直辞めて欲しくないのでありがたいけど。


「私だって数ある仕事から今の仕事を自分の意思で選んだ訳だし……保安課に良い様に使われているのは腹立つけど、それでもやりがいはあるし」


 それに、と笑みを浮かべて言う。


「強引にキミを引き入れたんだからさ。その張本人が辞めますって訳には行かないでしょ」


「明日からご指導頼みます先輩」


「おうおう、任せてくれたまえよ後輩君。まずは雑用のやり方を一杯教えるからね!」


「程々に頼むわ」


 なんだか若干不穏な感じもあるけれど、それでも明日が楽しみである。

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