10 新居

 嫌な事があった時、辛いことがあった時のメンタルの回復のさせ方は様々だ。

 例えば誰かと美味しい物を食べるのも一つの手段だろう。

 少なくとも秋山がそうであるように、ハルカもそうだったのかもしれない。


「うん。やっぱり此処のラーメンは最高だね」


 食べ終え店を出る頃には目に見えて元気になっていた。


「しっかしガッツリ食べるなお前。正直ビックリしたぞ」


「飛ぶと死ぬ程疲れるしお腹が減るんだ。だからいつもこんなに食べてる訳じゃないよ。トッピング全乗せにはしないし半炒飯にしてるし餃子か唐揚げのどっちかにしてる」


「なるほど普段は少ねえのな……比較的」


 まあとにかく一杯食べる女の子は嫌いじゃないので良いと思います。


「さて。じゃあ次はマモル君がこれから住むアパートに案内するよ」


 そう言ってハルカはスクーターに跨りヘルメットを被って言う。


「さあ乗って……って遠い目をしてどうしたの?」


「いや、保安課って大変なんだなって思っただけ」


「え、どういう意味?」


「さあな」


 言いながらヘルメットを被り、渋々スクーターの後に乗る。

 故意か過失か。辛うじてなんとか許容できる位に荒い運転。


 誰かを怪我させるか本人が怪我をする前に、さっさと免停にでもしてほしいものだが残念な事に今日は保安課のネズミ捕りに引っ掛かる事も無く、荒い運転に振り落とされないようにバランスを取りながら暫くの根城となるアパートへと近づいていく事となった。


 その後10分程、見慣れないながらも見慣れて来るだろうと思える程度の不思議な光景をいくつか目にした所で到着。


「此処だね」


「それなりに綺麗な作りになってんな」


 案内された二階建ての木造アパートは、少なくとも秋山が今朝まで住んでいたボロアパートよりも綺麗に思えた。


「突然拉致られてきて、ボロアパートに押し込まれたらそれこそ追い打ち喰らってる感じになるでしょ。だから最初の数か月。自前で住居を確保するまでの繋ぎとしてしか使えないけど、ちゃんとそれなりの部屋を用意してる。ああ、マモル君に使って貰うのは二階の一番端ね」


 言われるがままに、少しだけワクワクしながら着いていき、鍵を開けいざ部屋の中へ。


「普通に綺麗で良い感じの広さの所だ」


「1LDK。一人暮らしには十分な広さでしょ」


「いや十分すぎんぞ」


 元の部屋は四畳半の1Kで、それで別に不便はしていなかったけどある程度広いに越した事は無い訳で。普通にテンションが上がってくる。


「というかすっげえ家具充実してんじゃん」


「冷暖房完備。流石に型落ちだけどそれでもいい感じの冷蔵庫にテレビにその他諸々」


「至れり尽くせりじゃねえかよ」


 そして極めつけは。


「よし! ユニットバスじゃねえな!」


「あーユニットバスは正直しんどいよね」


「おう。マジでありがてえ!」


 ここ大事。凄く大事。テンションも爆上がりだ。

 冗談抜きでこの世界に来て良かったと思えるポイントが積み重なっていく。


「ただまあ三か月ね……三か月でこの快適空間とはおさらばって訳か」


「その辺マモル君的にはあまり悩む必要も無いよ。金使いが荒かったら話は別だけど一応公務員なんだから給料は安定して出るし。この位のグレードの物件なら簡単に見つかるよ」


「ならマジで悩む必要ねえなあ」


 異世界最高である。本当にこの世界に来てから至れり尽くせりだ。

 ……少しハルカの前では言いにくくはなったけど。


「とりあえずこれ、部屋の鍵」


「あざっす」


「っと、そうだ。これも渡しておかないと」


 ハルカが鍵のついでとばかりに渡してきたのは、キャッシュカードのような物。


「これは?」


「キャッシュカード」


 キャッシュカードのような物と言うかキャッシュカードだった。


「この中に約三か月分の生活費が入ってる。さっき住民課で申請した無利子無担保の奴」


「サンキュ。でも無利子無担保っていっても借金だからな……極力使わないで置いとこ」


「うん。それが良いと思うよ。いずれ返さないといけない物だしね」


「ああ、そうだな……ところで今の今まで渡すの忘れてなかったか?」


「…………うん」


 正直で良いと思いました。

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