9 急転

「アルバートさん、本当に何か思い当たる節とかあるんですか?」


 秋山も問わざるを得なかった。

 当然、自分自身がその先にある答えを欲している訳ではない。

 だが目の前の問題を終息させる為にも……そしてハルカの抱えている問題に最善の着地点を見付ける為にも、踏み込まない選択は無い。


 そして少女と秋山の問いに答えるように、アルバートは言う。


「今日の強盗殺人の現場は転移研だ」


「……は? て、転移研!?」


「お前にその話をした時、流れで具体的な現場まで話す事は無かったがな」


「……ッ」


 聞きながら、背筋が凍っていくのを感じた。


(よりによって……アイツこのタイミングで転移研の問題と関わってんのかよ……ッ!)


 ただでさえややこしい状況になっているのに、より厄介な事態になってしまった。


(大丈夫だって思いてえけど……)


 目の前の二人に負けず劣らず不安定なハルカが心配で仕方が無い。

 だが……今この状況で、自分まで冷静さを欠く訳にはいかないだろう。


「転移研……転移研とはなんだ?」


「文字通り異世界へ移動する為の研究をしているところだな」


 冷静を装いながら少女の疑問に答えつつ、アルバートに問いかける。


「それでアルバートさんの心当たりってのはなんですか? 転移研はそれこそ九割九分死ぬようなやり方しか確立できてないって話だったと思うんですけど……表に話し出てないだけで、裏でもっと情報出回ったりしてるんですか?」


 アルバートは元保安課の人間だ。

 もしかしたら操作の一環や、かつての人脈から秘密裏に情報が流れてきたりしているのかもしれない。

 だがアルバートは小さく首を振る。


「いや、転移研の情報はそう簡単に漏れない。保安課ですら……既に部外者の俺なら尚更だ」


「じゃあ一体……」


「このタイミングで物理的にもガードが堅い転移研に強盗殺人が入った。不謹慎かもしれないがそこに何か可能性を感じないか? その蛮行を実行に移させた何かがあったという」


「……まあ、確かにそう言われれば……」


 当然、表に出回っている通りの1パーセントの可能性を求めての犯行の可能性も高いだろう。

 だが仮にそう簡単に漏れない筈の情報が漏れ出て、まだ表に出ていない何かを大きなリスクを背負ってまで狙ったのだとすれば。


 そこには多くの人間が求めた可能性が転がっているのかもしれない。


「でもアルバートさん、その推測が正しかったとしても……」


「分かってる。寄り知識のある人間がまだ表に出さないと決めたのなら、それ相応の理由がある。そこに安易に手を伸ばしてはいけない……伸ばさせてもいけない。だから俺にあったのは心当たりだけだ」


 とても、とても真っ当な事をアルバートは言う。


「そういう訳だシルビア。確かに99パーセント死ぬやり方よりもマシなやり方はあるかもしれない。だが……今はまだそこにお前を行かせる訳にはいかない」


 そこに力強さは感じられないが。


「本当にそう思っているのか?」


「……」


「……思っているさ」


 信頼できる上司とはいえ。

 信頼できる人間とはいえ。

 その言葉を鵜呑みにはできないが。


 そしてシルビアと呼ばれた少女の言葉にアルバートがそう答えてもなお、不穏な空気が漂っているこの場所の空気を変えるように。


 突如、破砕音が鳴り響いた。


「「「……ッ!?」」」


 窓ガラスを突き破り部屋に飛び込んできたハルカの体が壁に叩きつけられたのだ。

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