宝剣アマテラス
「それでは、お互いに死力を尽くしましょうね」
退屈な午前の授業の後に、剣術実技室に行った。エリカはすでにいた。剣に厚い布を巻いて、用意を万端にしていた。
私も剣を鞘から抜いて、布を巻く。それを紐で縛れば、お互いに向き合った。
あたしは、そんなに本気ではない。適当に剣を合わせればいいと思ってここに来た。
でも、エリカの顔つきは、真剣なもので、この模擬戦に、並々ならぬ熱意を持っているのが伝わってくる。
「じゃあ、お願いします」
エリカが、律儀に礼をした。わたしも礼を返す。
「お願いします」
エリカが、踏み込んできた。剣が交差する。まずは様子見だろう。あたしは、彼女の動作から、剣の流れを読む。
こちらを圧し込むように前進しながら、剣を右から左から繰り出してくる。あたしは後退しながら、それを一つ一つ捌いていく。ある意味、儀礼的な挨拶。ときどき、ハッとするような斬り込みが挟まれる。それを、反射的に薙ぐ。
あたしが攻撃に転じる。前進。剣の数度の交差。
エリカの反撃。彼女の再びの前進。ぶつかり合う刃。
あたしは緊張していた。本気になっていた。油断ならない。気を抜けば、彼女の剣はあたしに致命傷を与える場所にあたるだろう。それを圧し返す。こちらも斬りかかり、それは防がれる。
次第に、エリカの頬がピンク色に上気してきた。目はキラキラと輝き、いまにも喜悦に身を踊らせそうだ。
「わたしの攻撃をここまで防ぐ! 素敵ね、シスナ!」
いきなり大上段に振りかぶったエリカは、動きが数瞬、止まった。誘いだとはわかる。いわゆる捨て身の太刀だ。しかし、あたしは電光の速さで突きを繰り出した。彼女は避けるだろう。それは分かっていた。彼女は素早くステップを踏み、身体ギリギリの位置であたしの剣は空を裂いた。振り下ろしてくる。だからあたしは剣を戻し上への防御の体制を作る。エリカはしかし、剣を振り下ろすのではなく、そのままに身体を回した。タイミングがズレる。今度はあたしが固まった。そうさせられた。回転の勢いに乗ったエリカの剣が、あたしを斬ろうとする。あたしは身を引いた。飛び退いたのだ。
「これを避ける!」
あたしたちは、距離を離れて、睨み合った。見つめ合った、のかもしれない。
どれくらいそうしていたのか。
不意に、エリカが微笑んだ。
それが合図のように。
「「アアアアア!」」
2人ともに距離を詰め、お互いに剣戟を猛烈に繰り出す。斬る、防ぐ、エリカの動きを読み、冷静に対処しなくては。
そして、ついに見つけた。彼女の右肩の空隙。あたしはそこに斬りかかる。
勝ててしまう!
あたしは急に力を抜いた。剣を意図的にずらす。エリカがその弱い勢いを弾いた。
そして。
彼女の剣があたしの首に当てられた。
あたしは剣を手から離した。ガタンっと床に落ちる。そして、両手を上げた。
「あたしの負け」
「シスナ、すごいじゃない。わたしにここまで相手できる人、初めて」
「それは光栄」
お互いに肩で息をしていた。並んで床に座る。呼吸を整える。
エリカは、剣に巻いている布を剥いだ。
「あ」
あたしは声が出た。なんて美しい剣。刀身が、窓から降る光を浴びて、それ自身が太陽のように輝いている。貴族の付けているのを見たことのある、ダイヤモンドのファイヤーよりいっそう綺麗。
夏の日の湖に反射する太陽光のようにキラキラして、その自然の神秘がモノとして形を持って、エリカの手にある。神の創造の秘密の一端をそれは示しているのでは、そんなことを思わせる。
「ね?」
エリカは笑みを作ってこちらを見た。
「シュタットハーデン家の宝剣アマテラス。遥か昔に東方からの流れてきた刀匠が、こちらの鍛治技術を学んで創ったものと伝えられているの。これは、わたしの誇りよ。王家に連なる者として、責任を感じる……」
そして彼女は立ち上がり、背筋を伸ばし、鞘を軽く掴んで、剣をスッと納めた。
「王国はもうないけれども」
しかし彼女の顔は凛々しかった。強さが美しいものになるとは、こういうことなのだと、あたしは思った。
「シスナ、本は好き?」
「え?」
「放課後、本屋さんに付き合ってくれない?」
「エリカ、何か習い事とかあるんじゃ……」
面倒と思ったので、言い訳を考えたのだ。所詮、貴族のお遊びに付き合ってると、最後には泣きを見そうに思う。
「うん。でも、あなたとの出会いが、もっと大切なのよ」
「……」
あたしは、エリカの真意をはかりかねる。だけど、これ以上、断る理由もない。
あたしは、軽く頷いた。エリカは「ありがとう」と、嬉しそうな表情をした。
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