早朝
深い眠りから、覚めると、あたしはいつも、云い知れないやるせなさを感じる。あの覚醒の瞬間までいた幸福な世界から抜け出した後に、理由のはっきりしない、心の重さをもてあますのだ。
憂鬱な気持ちで、ベットから降りる。
テーブルの上に昨日の夜からあるコップを認めると、そこに水を注いだ。ゆっくりと、喉に流し込んでいく。それが、身体を浄化し、精神までも刷新してくれないかと。
カーテンを開けると、外はまだ、薄暗い。街灯に照らされた商店街が、ひっそりとしていた。
「世界は死によって成立している」
昨日のアルミンの護衛。あそこでプロファソーアが言ったこと。
あたしは、思い出していた。
西のカフェ近辺の見回りのため、外へ出ると、プロファソーアは、立ち止まった。あたしは、怪訝に思う。彼女は、感情の見えない温度の低い目つきをこちらに投げかけてきた。
メガネの奥に鋭利に光る眼。ちょっと怖いし、睨み返すわけもいかず、笑いかけてみる。
「何?」
彼女とは歳が近くて、敬語は使わない関係だった。
「シスナ、あんまり影響されてはいけない」
プロファソーアは、自分の腰に下げたレイピアの柄にそっと触れた。
「芸術は、高尚に見えるわ。それだけで、あなたは、自身に意味があるように思うかもしれないけれど」
「え、やだな。そんなこと」
あたしは、ちょっとイラってする。ひどくないかな。
「でも、彼らには何かができそうって思う?」
プロファソーアは、謝りもせず、言葉を続けた。
お腹の下で、手を組んだあたしは、少し俯き加減になる。
「もし、独裁が倒れるなら、それはいいことじゃない?」
少人数の若者が、あたしたち2人の横をよぎって、店に入ろうとした。少し身体を避けて、通りやすくした。
「アートなんていうのは、社会階層の高いところにある人たちが、基本的に享受してるもの。過去より、上からの革命が、社会を、大衆を、変えた?」
あたしは、顔を上げる。プロファソーアは、横顔をこちらに見せていて、遠い街の向こうに目をやっていた。
「古王国成立時に、その前の時代にあった奴隷制が、なくなった……。あれは、貴族による社会転覆だったと思うけど」
歴史は苦手だ。とりあえず頭に浮かんだことを言ってみる。
「でも、人間の傾向性は変化がない」
「傾向性?」
「革命は、社会を変えること。転覆されたなら、そこに生きる人間は、より良い人間であってほしい」
「奴隷はダメだって、認識は広がったよ」
「そして、人は、それでも、学校や会社や国家や、で奴隷をつくる」
「少しは、少しは、人間の意識も変わったと思うけど」
プロファソーアの顔がこちらを向いた。じっと、こちらを見てくる。
「あ、そうか……。私みたいな4級市民がいること……。でも、いまは、悪い時代だから……」
目の前の少女が、レイピアの柄を握り、少しだけ刃を出した。その金属の光に惹かれるように、あたしは魅入る。
「歴史は繰り返す。戦争は、なくならない。どんな革命が起ころうと、社会的な階級という格差は保たれる。この、社会生存の不平等が、あらゆる階層の人間の心に醜さを生む」
レイピアを鞘に納めた。
「心の清い人もいると思うけど」
「それが、万人に行き渡ることが、必要」
「そんなに、悪い人、多いかな……」
少し前だったら、いろんな人に不満ばかりだった。一歩引いて眺めてみれば、そんなに酷い人というのはそうそう周りにはいない。人間の母数が多くなれば、悪い人も増えてくる、そういうことなんだろう。
プロファソーアは、腕を組んだ。
「あなたの言うとおり、人は変わっていってる。なぜか? より良い認識が進んだからよ。だけど、生まれてくる次世代は、その認識を持って生まれてくるわけではない」
「革命は、意味がない?」
「ううん。暴力を倒すのは無抵抗主義では不可能。それによって、認識を常に広げる地平を保たなくてはいけない」
「え?」
「そう、あたしは、誰かが革命を起こしてくれることを願う。そしてその社会で私塾をつくり、新しい人材を育てて、次のそして最後の革命をする……」
「でも、最初の革命で、平和になるだろうに」
「この世界は絶え間ない死の連鎖の上に、成り立っている。最善の社会のため、仕方ない」
「戦争をするのね」
「……」
「特に罪があるわけでもない人たちを……社会を変えることのために?」
プロファソーアは、答えなかった。
あたしは、部屋のカーテンを閉めた。そこまで思い出して、身震いをした。プロファソーアの言ったことは、おかしいと思う。生命を軽く扱ってることが、そもそも気持ち悪いことだ。
最後の革命。そこでは、全国民、常に意識が高いのか。でもさ、人間、そんなに足並み揃えられないし、理屈じゃないよ、プロファソーア。どうやったらより良い社会になるか、なんて考えてるのはすごいけどさ。
部屋着を脱いで、制服を着る。今日もアルミンの護衛を言われている。今度はあたしとトラウテの二人で、だ。シャルンホストが、何を懸念してるのか、知らないけど、アルミンと接することで何か見えてくるかもしれない。
着替えが終わると、あたしは、台所に立ち、エプロンをつける。朝ごはんを作り始めるのだった。
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