嗚咽
剣技とは、どんな言葉を並べようと、目指すべきところは、殺しの技術だ。
だから、エリカが恐るべき成長をしていたのは、なんとなく腑に落ちた。
撃剣。なんて確固とした自信を持った。道場剣術で天才と言われていた彼女は、人を斬ることで、何段も上へと脱皮したようだ。
広い剣術実技室は、あたしたち2人以外、誰もいない。昼休み。布を巻いた剣で斬り合っているのだ。
でも、あたしには見えてしまう。彼女の剣の軌道が。隙が。だけど、あたしは決定打を撃たなかったし、最後にはエリカの剣があたしの胸にとんっと当てられた。
「エリカは、ヴァルキュリア騎士団に入ることはやめたの」
あたしは、正座をする。剣の布を取りつつ、エリカの方を見た。同じく折り目正しく座る彼女の、宝剣アマテラスがキラキラと輝いている。
「入るつもりよ」
それならば、レジスタンスに参加するのは自殺行為ではないか。しかし、そんなことは言われなくても彼女も承知しているだろう。あたしは、確認がしたかったのだ。
「エリカは何をしたいの」
「ヴァルキュリア騎士団を一つの反体制組織へと変える……」
彼女の金色の瞳がすーっと、しずかな微光を放った。
たった一つの組織がそうなって、何が変わるというの。あたしは、難しい顔をする。
「少しづつ勢力を広げていくのよ。同じ思いの人はきっと、いる。……蒼のロッテさまは、もしかして……」
エリカも、蒼のロッテの、あの時の顔を見逃さなかったのだろう。
「エリカは……、戦争をするの?」
あたしは言いたくなかった。でも、これを避ければ、彼女との関係は、上っ面になるということだ。
「戦わなければならないと思うわ」
わかってる。このまま、総統が権力を握り続けても、同じように血の道だし、最悪の結果しか生まないことは。
「でも、なぜ、あなたなの?」
あたしの声には悲痛さがあった。エリカは幸せに生きれるはずだ。ミサリア民族、なんだから。
「選ばれたりはしてないのよ。あたしが選んだの」
窓の向こうから小鳥の声が聞こえた。平和そうな、囀り。どこかで悲しみがあって、どこかは幸福がある。ただ、時代の車輪は、総統の掛け声のもと、人々の生命を潰すという目的を目指して、ゆっくりと確実に、回っているようだ。
帝国もクレイモン大公国も、お互いに戦争をしたがっている。どれだけ有利に開戦できるか、その、化かしあいだ。
エリカは腰の鞘を引き抜いて、そこに剣を胸の前にして収めた。パチンっと音がする。
そして、外を見た。3階だから、眼下で生徒たちは何やら集まって、サッカーしたり小さくまとまって何かの話をしてたりする。
ゆるい風が入ってきた。エリカとあたしの髪の毛が、さわさわと流れる。
「わたし、生きる意味を見つけたのよ。すごく、充実してるの」
エリカは、そして、目を細める。
「殺しをしてもね」
あたしは、何も言えない。いまは、狂気の時代なのだ。剣を振らずには生きていけない。
「エリカ、染まらないでね……」
掠れるような声で言った。
「戦争に動員されればあたしも人を斬る、しかない。約束しましょう? 染まらないって」
「そんなことがなくなるように、あたしが変えたいの……」
染まらないって、言ってくれないの。それは覚悟、懺悔?
どうあっても、エリカは、人々のために生きようとしてるのだ。それは、崇高な精神だ。つまらない自己満足や自己顕示欲でなく、心から他者のために尽くそうとすること。そんなことができる人が目の前にいるのだ。
いったい、あたしは。しかし、あたしは、同じ道を歩むと言えなかった。4級市民で、ヴァルキュリア騎士団には、入れるわけもないが、レジスタンス活動は。しかし、そんなことは精神的にできそうになかった。
風を掴むようにあたしは、手を前に出し、空を握った。エリカの姿をそこに収めるように。遠くへ、行ってしまう。初めての友達。何を恨めばいい? いつだって、この世界は残酷だよ。幸せは、壊れるために生まれるような気がする。
「明日は夜警だね」
あたしは、話題を変えようと思った。
「うん。今日のうちに、レジスタンスのみんなに伝えておく。明日は大人しくって」
「世界がね。変わるとね。でもね、あたしはね」
エリカはすこし、身体を立てた。あたしの顔にそっと胸に当てるように手を回す。
「泣かないで、シスナ。できなくていいの。あなたは友達。それは変わらないのよ」
あたしは、彼女の胸の中で、低く低く、声を出した。嗚咽。エリカに、追いつけない。
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