ショル兄妹

暗雲が立ち込めていた。朝は、とても良い天気だったのに、目的地の駅に着くと雨が降りそうであった。祝福された過去をかなぐり捨てるような、未来への予感。あたしのこころは、新しい環境へ行くときは、いつだってこの空のように不吉な色を見せる。孤児院へ赴く時も、同じようだった。2度の親離れを経験したのだ。甘えを捨てなくては。それは、赴任の不安とは逆に、あたしに不思議な活力を与えていた。自分は変わって見せるのだという、意志の力がそこにあった。自分の精神というものを自分で持ち切れるなら、それが強さというものではないか? エリカは多分そうしてるのだ。


あたしは、駅から出た。住んでいた1番街、その首都の中心から、4駅ほど離れた場所、まんま、4番街。初めてくる場所だ。人々の姿は忙しげに見慣れた街と変わらなかった。ただ、家並みの違いに最初、新鮮さを覚えて、さらに人々の顔の故郷の街とは幾分異なる、少し弛緩した顔つきが目に入る。学生が多いようだ。この街には帝国大学がある。その授業カリキュラムは、総統の決めた学園長が組んでいるために、恐ろしく帝国礼賛のものらしい、とエリカに聞いた。知識に近いものなら、真っ先に現在の状況を見て反体制と叫びそうなものだが、学生たちは、(知識があるゆえに)帝国に同調するか、または、声を出すことを恐れて日和見を決め込んだ人々が多いらしい。


罪人騎士団の駐屯所を示す紙の地図を開いた。パリパリと折り目を開けていく。真っ先に目に飛び込んできたのは。ウサギの絵。とても拙い。そしてピースサインをしている。その横に、何かがのたくるような大変読みにくい文字でエルゼ、と書いてある。「情緒を磨くように!」、そこにリアラと。アウクストの名前の横は「精進」と書いていた。そう言えば地図貸してってエルゼが言ってたっけ。単純に見てみたいだけだと思ってたんだけど。あたしは笑みが溢れる。嬉しいサプライズだな。肝心の駐屯地には大きな赤マルがついていて、「迷わないように!」と書いている。リアラだなー、とか思いつつ、確かに迷わないようにしようと思って、詳しく道順を追ってみる。


意外に複雑な街で、入り組んだ路地がたくさんある。4番街は、王国というか、それが続く前身たる古王国ができた当初から中心の街だ。戦乱続きで、敵国の侵入を考慮して城壁や塔などが無数に建っていたらしい。それを避けて道が作られたせいだと思う。


今は、物、消費物の輸送の効率が優先されて、道を作る時はなるべく単純に、がモットーになっている。


地図を目的地から駅まで逆算していると、小雨が降ってきた。あたしは、背中にした着替えが主な荷物から傘をとりだした。実は罪を冒し退学になったのにあたしは、制服を今着ている。帝国が威信を持つ学校だから、上等な生地だし、下手な服よりも全然いい。年齢的には高校生なんだから大丈夫、と思う……。


「その赤マル、罪人騎士団の場所ですか?」


横から声をかけてくるものがあった。あたしは、反射神経のような感じで声のしたほうを見る。


パッと目に入ったのは。


男と女がいた。


男の方は、メガネをかけていて、線の細い、ここの街の学生っといった感じだ。毛量の多い髪の毛がわさわさしている。すこし、身だしなみがだらしなさそうだけど、真面目でおとなしそう。


女の方も、メガネをかけていた。彼女も物静かな感じ。どこか夢見るように、何かこことは違う別の場所を見ているような雰囲気もあった。こちらは、見栄え良く梳かれた軽さがあるストレートの腰までの髪の毛。白い鍔のある帽子を被っている。


「失礼。僕たちもそこへ行くのです」


道を聞いてるのだから、もちろん、この街の学生ということはないと思う。


「え。もしかしてあたしと同じ、新しい団員ですか?」


あたしは、甲高い声を上げた。なんとも把握に困る偶然というのがある。定かならぬ乱数の酔狂な一致でしかないような、それでもなんだかそのおそろいは心を満たす。


「ええ。あなたも、なのですね。よろしく、僕はヴィリー・ショル、で、こっちが妹の……」


ヴィリーと名乗った男は、もさもさの髪の毛に手を入れて、「ほら」と妹に向いた。


「トラウテ・ショルよ。まあ、よろしく……」


長い髪の毛にさっと手を入れて、房を柔らかく跳ねさせるようにした。


この、兄妹の清潔感のあからさまな違いにちょっと驚く。なのに、兄は物腰丁寧だけど、妹はどこかぶっきらぼうだ。


それに、兄妹で、犯罪者になったの? 解き難い謎に直面したような困った顔をしたあたし。


「あ、あたしは、シスナ・シェザードです。よろしくお願いします」


敬語になっているのは、明らかに相手の方が年上に見えたからだ。彼らは20代前半に見える。


「僕らは地図を忘れてしまってね。同胞がいてよかった。地図、読める?」


「は、はい。街は複雑な道ですが、目的地までは単純な直線を何度か曲がるだけです」


あたしは、先導するように歩き始めた。2人はついてくる。


地図を確かめながら。カフェから西へ。そこからデパートまで歩き、北へ行く。それをしばらく行くと、大きな公園に出て……。


馴れないことをするのは、なかなか楽しい経験だ。あたしは少し面白かった。


雨は小雨のままに、緩やかに降り続けている。止みそうではなく、激しくはなりそうな予感がする。


公園に彫刻があった。筋肉を強調された男の裸像。直立不動で東を向き、腕を斜め上に伸ばしている。太陽に何か訴えているのだろうか。

その台座の荒削りな石に、プレートがあった。「神に祝福されし帝国民」と刻まれてる。


男性像は雨に打たれて、孤独な佇まいを見せていた。濡れた石というのは、なんだか激しく物悲しさを誘発させる、そんなことを思っていると。


「帝国の民に、救いのエスキース下絵? 輝かしい民族などと、うらぶれた家屋に身を落ち着ける民たちになんの意味が? 形を取り繕った美辞麗句で明日への希望を夢見れる民などいようか? 帝国、礼賛! そのようなスローガンがパンの代わりになるはずもない。言葉そのものに酔うな。惑わされるな。確約された未来などないのなれば、力強き翼持ち、我ら、見据えなければならない。我らの向かうべき道を……」


トラウテ・ショルが、いきなりそんなことを口にした。


「トラウテ、僕らは、2度捕まってしまうよ。その詩人的発想を口にしないように」


「はあい、お兄さま」


なんだろう、この人たち? 語った内容からして、レジスタンス運動に参加してた? そんな人なら、罪人騎士団は、掃き溜めと言われようと、帝国の管轄下だから(帝国に帝国の管轄外のものなどあろうか?)、入れないと思うけど……。


そして、あたしたちは、罪人騎士団の駐屯所にたどり着いた。

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