孤児院

「シスナ・シェザード、帰りが遅すぎます!」


シスター・リーゼルは、私を見るなり、眉を釣り上げた。


「いいですか! そもそも、あなたたちは総統のお慈悲の下、パンと屋根を与えられているのですよ! 勝手は許されません! わかってるの、シスナ!」


あたしは、無視して、部屋へと向かった。6人部屋の狭苦しい、所へ。


ドアを開けると、6歳のエルゼが、抱きついてきた。


「シスナお姉ちゃん!」


あたしは、彼女の頭をくしゃくしゃとした。


「アウクストが、また、怒鳴るの! 怖いの!」


「そっか! お姉ちゃんが怒っとこう! たぶんあの子もお腹が減って、イライラしてるだけよ!」


エルゼは、ぎゅうっとあたしの制服のブレザーを握った。


「おやつのアイスクリームが足りないの?」


1週間に一度、日曜日に、孤児院ではおやつが出た。食べるには、シスターたちの、説教を聞かなくてはならない。どんなに優しい人たちが、これを与えてくれたのか。どれだけの慈悲をもらってあたしたちが生きているのか、と。


「そうね! アウクストは、食いしん坊なのよ!」


キャハハハハ! エルゼは大笑いして、あたしから離れていった。そしてくるりと、こちらを振り向いた。


「じゃあ、今度、エルゼのおやつをアウクストにあげる! イライラしてちゃ可哀想だもん!」


そうして、エルゼは、落書き帳を取り出して、今度は絵を描き始めた。元気なことだ。


あたしは、自分のベットの上に、カバンを置いた。二階建てベットの下。


上からメガネをかけたリアラが、顔を出す。


「シス姉。アウクスト、また、ヒステリーだよ。チビたちに当たり散らしてさ。エラソーにして、聖騎士なんて、なれるわけないよ」


そう言うと、手にしていたぼろぼろの文庫本に目を落とした。彼女は活字が大好きで、とにかく本を読もうとする。そして、変なタイミングでもそうするから、周りから呆れられていた。


孤児院から宗教騎士団の聖騎士になれる人物が出ることがある。そういう枠がある。清貧で徳が高く高潔な人物、とか言われてるけど、とにかく聖典を暗記して、祈りをメンドくさがらず、聖職者に気に入られてれば、道は開けると、あたしは解釈していた。それは、勉強嫌い、人間関係嫌いのあたしには無理なことだ。


「シスナ! 晩御飯を食べなさい!」


シスター・リーゼルが、部屋にやってきた。ご飯、あるのか。いつも、帰りが遅いと、ありつけないことが多いので、そのつもりだったけど。


食堂へ行く。20人は座れる大きなテーブルの上のすみに、お皿が2つ。


黒パンと鶏肉の細片がわずかに浮いたスープ。冷え切っている。あたしは、席に着き、食し始めた。


パンをちぎって、口に入れてると、アウクストが、聖典を持ってやってきた。


「あー、もう。テストで失敗した! これじゃ、司祭様に顔向けできないよ……!」


あたしはゆっくりとパンを咀嚼し、アウクストを何となくで見ていた。アウクストは、あたしのいることに今気づいたらしく、うわっ、と言って、それでも、近くの席に座った。


「シスナはいいよな。お気楽でさ。そんな、何となくで生きてていいの?」


はー、口悪いなあ! と思いつつ。


「アウクスト、大変だね。テスト、うまくいかなかったの」


「あ、ああ。古代サダル語の動詞変化のとこ、間違ったよ」


「あなた、古文書、読めるんでしょう? そのうち、ぜんぜん大丈夫になるよ」


「わかってないな! 今が大事なんだよ! 司祭様になんて言えば……」


うわあ、めんどー。あたしは、スープをスプーンで掬って口つけた。少しの鶏肉をよく噛む。お肉って元気でるなあ、とか思う。


「見てろよ! そのうち聖騎士になって、この孤児院の待遇をより良いものにしてやる」


志は、立派なんだよね。


「チビたちを怒鳴らないようにね」


その言葉に、アウクストの表情が情けないものになる。


「あいつら、なんか言った?」


弱々しい声。


「そんなのは噂になるのよ。気をつけなきゃ」


アウクストは、髪の毛を掻いて、大きくため息をついた。


「俺は、みんなのためを思ってるのに」


正論を吐く気にもなれず、あたしは聞き流した。たぶん、彼はわかってる。ただ、感情がおっつかないんだ。いまは、見守ろう。


「シスナ! いつまで食べてるの! はやく、食器を片付けなさい! 宿題はしたの!」


シスター・リーゼルはよく怒る。


「はーい」


あたしは、急いでご飯をお腹の中に入れて、台所に立つ。食器を洗うと、それをタオルで拭いて、棚に直した。


食堂にもう、アウクストはいなくなってる。


部屋に戻り、ベットの上に横になった。


あの広場でローブの男の言っていたこと。あたしは知っていた。彼のような言葉ではなかったが、この世界が、どれだけ不平等で歪な形をしているのかを。


エリカ・フォン・シュタットハーデン。鮮烈な早春の風としてあたしの印象に強くあった。臆面もなく人にあんな優しさを示せる人間性。


「彼女こそ、強いな……」


エルゼが、半分眠った状態であたしのベッドに入ってきた。そしてお得意のぎゅうっとつかむをすると、そのまま、寝息を立てる。制服、着替えられない。あたしはエルゼの銀色の髪の毛を優しくさすった。


明日、お昼休みに剣術実技室に、行ってみよう。それは今日のことの、彼女へのお礼のつもりだ。


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