エリカとローザ

雨も降らない、明るい太陽の支配する1日は始まった。

孤児院では、箒をかけて、雑巾掛けをして、テーブルを布巾で拭いて、と、日課が終われば朝食の黒パンをそれぞれに総勢17名で、いただきます、をする。


学校の教科書やノートを準備してる間、エルゼがじっとこちらをみていた。甘えたいんだなあ、って思って、彼女の頬を両手で包むようにした。エルゼはにこって笑う。


「じゃあね。お姉ちゃん、行ってくるから。お利口にしてるんだよ」


「来年からエルゼも学校。シスナお姉ちゃんと一緒?」


「ん? そっね。途中までは一緒に登校できるよ」


わー! っとエルゼは喜びを身体で表すように部屋を駆け回った。


あたしはベルトで腰に剣を下げた。カバンを持ち上げる。


「じゃあね!」


「行ってらっしゃい!」


そして片道30分かけて学校に辿り着くのだ。教室まで廊下を歩いていると、向こうから、ある集団が賑やかしくやってきた。


ローザ・フォン・ハイデンベルクとその取り巻きだ。


「さすがは、ローザ様でございますわー! あのような大胆な剣技を発想し実行なさるなんて。アタクシには到底、できませんわー」


「そんなことはないのよ。あなただって、少しの勇気があればできることよ。あたしを見習いなさいな」


「少しの勇気! それが、人にはなかなかでないものです。ローザ様はどのようにしてその勇気を?」


「それはね……」


廊下の中央を陣取るローザたち。あたしはもともと端を歩いてるのでそのままやり過ごそうとした。


「あら、路傍の石ね。ミサリア民族、ハイデンベルク家のローザに挨拶もできないのかしら?」


この国は明らかに支配者階級というのはあるが、明確なガイドラインとでもいうべきものはなく、ミサリア民族とその他の民族の差異は曖昧にぼかされていた。誰もがその民族に一目置きながら、表立っての力関係というのが普通は見えない。


だからあたしは無視して彼女たちを通り過ぎた。


「何、アレ」


「ローザ様のクラスメイトでしょう? いろいろと教えて差し上げなければなりませんのでは?」


「シスナ!」


あたしの名を呼んだのは、エリカだった。友達らしき人と一緒に、彼女もこちらに歩いてきていた。昨日のように両腕にプリントの束を持ちながら。


「エリカですわ。何? あの女、エリカの犬だったの? あんな雑種をエリカもよく飼いますわ」


聞こえるように言うの、やめれ、とは声に出せない。


エリカが駆け寄ってくる。


えー、何で。どんな顔したらいいの。


「昨日は寝れた?」


あたしの心配なんか、しなくていいよ。


「えっと……、エリカ……さんは?」


「エリカでいいのよ。ちょっと考えすぎて寝不足かな。それで、今日は来てくれる?」


「う、うん。来る」


「本当! それでは楽しみにしてるわね!」


エリカの横に、一緒にいた友達(かな?)が立つ。それに気づいたエリカはあたしにさらに何か声をかけようとしたのをやめて、「じゃあ、昼休みにね」とだけ言った。そして、2人は歩き始めた。立ち止まっているローザの集団の横を通る。


「あら、エリカ。よく働くわね。労働者の素質があるわけ?」


エリカとローザは、形の上ではこの学園の2大勢力だ。

エリカは、集団を作らないから、勢力、とは言い難い。けど、彼女には人望がある。

ローザが一方的に敵視して、争いの種を撒こうとしている、という状況だった。


ローザは大商人の娘で、彼女の祖父が一代で大貴族の階級まで上り詰めた。先の戦争で政府にたくさんのお金を貸し付けたとか。


エリカは旧王国の王家の血筋らしい。王国、は滅びたようだが、その家系に属するものたちは、どれくらいか、生きながらえて、その権力は未だ陰に陽に、健在みたい。


「おはよう、ローザ。朝からやることがあるのはいいことだわ。あなたもまた、生徒会に入る?」


「だ、誰が、あんたなんかのいるところに! あたしは、卒業すればヴァルキュリア騎士団の副団長よ! レベルが違うわ」


それに、笑顔で答えて、エリカは職員室に向かった。


あたしは、エリカとローザ、2人のやりとりを、全くこちらに関わりのない世界だと感じ、教室へと。

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