ゾンネ・ユーゲント
エリカの握力は強かった。あたしは振り払えなくて、相手を睨むが、彼女は、無言で首を振るのだ。
ローブの男は後退り、突撃隊はジリジリと追い詰めるように近づいていく。
「俺たちは私刑の権利も持っている」
リーダー格の男は、そう言うと、上げたサーベルを振り下ろした。
私は目を閉じた。終わった、と思った。目を開けると、ローブの男の周りに1人の男と1人の女。男の持つ剣がサーベルを防いでいた。
「悪いな。この方を死なせるわけにはいかないんでね」
男はそう言うと、サーベルを抑えていた剣をひねるようにした。リーダー格の体勢が崩される。
その身体を男が蹴飛ばし、突撃隊の兵隊たちは、慌てて、彼を抱き止める。
「さあ、こちらへ!」
女が言った。突撃隊のいない広場の出口。3人は走る。だが。
「おい、主張が違うなら殺し合いだろ」
出口に別の2人の男が現れた。その2人は少年だった。あたしとそう変わらない年頃。
「お前ら……、
短髪の一方の少年が、ゲラゲラと笑った。
「たった3人だとしても国家騒乱罪で死刑だ。覚悟はあるか?」
そして、後腰の小さな鞘から、ナイフを引き出す。
「3人も殺るんだったら、今日の夜は興奮で寝れねえだろうな。どうしてくれんだよ? お前ら、俺を満たしてくれんのか!」
「ヨアヒム、1人で殺るのか」
もう1人の頬に髪の毛のかかった少年が、落ち着いた声を出す。
「クレオン、お前の出番はねえよ」
クレオンと呼ばれた少年はため息をついた。そして、ヨアヒムから少し離れる。
「総統の子飼いの親衛隊。所詮、お飾りだろ」
先ほど突撃隊のサーベルを防いだ男が、剣を構えた。
「俺たちを馬鹿にしたのか? それがどういうことかわかってるのか?」
ヨアヒムは叫ぶと、いきなり男との距離を詰めた。早い。ナイフが、男の手の甲に突き刺さった。男は剣を落とす。そして脇腹に裂傷を作る。それでも男はもう一方の手で、素早く剣を拾い上げようとする。そのしゃがんだところを、ヨアヒムは顔を蹴った。吹き飛ぶ男。
「もう一度言ってみろ。俺たちが何だ?」
男は血のついた手で蹴られた顔をさすりながら立ち上がった。剣は握っている。
「逃げてください」
低くそう言った声が、あたしには聞こえた。
男は身を守るように小さな構えを見せた。ヨアヒムが、ゆっくりと近づいていく。そして、ナイフを手の中でクルクルと回転させた。
「見たくねえもんだな。大人の必死さなんてのはよ!」
鋭い突き。男はそれを避けずにみぞおちに受けた。そのままヨアヒムを捕まえる。
「お早く!」
ローブの男と女は、駆け出した。
「手前、この!」
ヨアヒムは、ジタバタして、ナイフの手を自由にしたと思うと、男の目に刺した。
逃げていく2人を、クレオンという少年は、冷ややかに見ているだけだった。
「ふざけやがって!」
ヨアヒムは、男の身体に致命傷にならないような場所を選んで何度もナイフを刺した。
男は一言も声を出さなかったが、その顔は苦痛に歪んでいる。
そしてもはや体を丸め、何もできない男をそれでもヨアヒムはナイフで薄く切り裂く。
エリカの手があたしの肩から離れた。彼女は、握った手を口にあて、目の前の光景を信じられないもののように凝視していた。
あたしは歩いて男とヨアヒムのところへと行った。そして剣を抜き、男の背中から、心臓を貫く。なぜ、そんなことができたのか、理解に苦しみながら。
「何しやがんだ!」
ヨアヒムは、あたしの頬にナイフを当てた。
「こいつは反逆者です。あたし、憎くて、刺しました」
「ああ? 俺の興奮をお前が静めてくれんのか!」
ヨアヒムの目は血走っていた。身体が顫えている。
「解体しちまうぞ!」
「やめとけよ……」
いつのまにか近くに来ていたクレオンという少年。
「俺に命令するな、クレオン!」
ナイフが突き出された。それよりも素早く、クレオンが腰の鞘から剣を抜いていた。ナイフの刃が剣の腹に当たる。
「総統から直接その手より賜った銀の剣。味わってみるか?」
「ここは、ナイフの距離だ。剣なんざ怖かねえんだよ」
2人は睨み合った。
「俺たちの敵は何だ?」
クレオンは、剣を下ろしながら、そう言った。
「ちっ、いつか殺す」
ヨアヒムは、ナイフを鞘に収める。そして、歩きだし、広場から出て行った。
「すまないな、お嬢さん」
そう言うとクレオンはあたしの頬に触れた。
「血は出てない。怪我はないようだな……」
「あ、ありがとう……」
あたしは、この人が悪い人に見えなくて、ついお礼を言った。
「女が戦争で、武器を持って戦うことで、この国で参政権を得たが、俺としては、もう、女に戦ってほしくないな……」
総統の地位は絶対だけど、その下の議会のメンバーは、選挙で選ばれる。貴族からなる議員だが。
あたしはなぜがカチンと来た。
「女も戦えますよ」
「戦えるさ。それは先の戦争で証明されている」
この少年の、醸し出す物悲しさはなんだろう。その美しい金色の瞳には、ときおり、闇の中に物言わず蓄積される泥に月光が走るように、僅かに陰鬱に輝く。
「価値観の問題って言うんですか」
「そう言うことだな」
クレオンは、抜き身だった剣を鞘に戻した。
「俺はクレオンという」
あたしは黙っていた。どう反応していいかわからなかった。
「お前、名前は?」
「シスナ……」
「いい名だ。覚えておくよ」
そうしてクレオンは去った。
あたしは……、絶命した男を見た。先まで喋っていた生命が、物言わぬ物体となって。このように、お父さんもお母さんも、死んだのだろう。
悲しみでも怒りでもなく、虚しさが、あたしの心の色だった。
「許せない……」
そう呟いたのは、エリカ・フォン・シュタットハーデンだった。
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