クレオン、激怒
はじめ、あたしには、その凄さがわからなかった。むしろ、凡とした剣に見えた。
クレオンの剣技。
ダナエの剣は、確実だった。的確に狙い、的確にブラフをかけ、的確に、防いだ。全ての動きに哲学があった。剣の技を考えているものならば、彼女の繰り出す剣閃のすべてに意味を見出すことができるだろう。
クレオンは、気だるげに見えた。そこに、力強さが見えなかった。ぼうっとして、対処してる、鈍い。
しかし、しばらくして、圧されているのは、ダナエだとわかった。
彼女は、確実に防いだ。無駄な動きがなく、最小限の動作で、最大限の効果。
クレオンもまた、確実に防いでいたのだ。だから、斬られていない。そして、無表情な顔つきで繰り出される一見、闇雲に見える剣。素人がやたらに振り回すように。だが、それは、斬新すぎるのだ。ダナエの剣が、すでにある戦術の理想通り、お手本通りな剣ならば、クレオンのは、いままで全くなかったような斬撃として、あった。
そして恐ろしいことに気づいた。普通、剣を持って戦うなら、そこに、筋肉の動きや、呼吸の仕方や、踏み出す足、など、何かしら武器を振り回すのに付随する予備動作があるものだ。彼にはなかった。無造作に、予告なく、翻る剣光。
あたしは勝てないかもしれない。
得意の目測、が通用しない相手だ。
だから、クレオンはすごいが、それに対して生き残っているダナエもやはりすごいのだ。
「お前たちの王である総統に、どれだけの価値がある?」
ダナエは、舌戦を試すのだろうか。剣は、鋭く差し伸ばされ、弾かれ、そして終わらず、攻撃は続く。
「あの男は悪だ。端的に言ってそうだろう」
クレオンは黙していた。剣が、ダナエの足を狙った。それを剣を下に向けて大地に突き刺すようにして、受けるダナエ。ガキキキ……。交差して2人の動きが止まる。
ダナエが口を開いた。
「お前たちはどうなんだ? そんなふうにされてしまって、それでも忠誠を捧げたいのか」
「生きることは、そう言うことだろう」
2人の顔が近い。お互いに睨み合うようにする。
「それで、生きているつもりか」
ダナエの、長い方の髪の毛が風で揺れた。
「食わなければ、生きていけないさ」
クレオンは、静かに声を出した。何かを諦めてるような、達観した目。そうだ。あたしたちはどうあっても食べなければならないのだ……。彼の目の光が愛おしいと思った。
バッと、お互いに飛び退いた。
2人は、目の前に何か障害物でもあるかように、見えないそれを中心として、距離を置いて、ゆっくりと円を描いて回る。
測るように。
お互いに、実力を侮るわけにはいかないのだ。
クレオンが、そこから踏み込みもないように、跳躍した。剣が、そして、下から振り上げられる。
ダナエは、一瞬、戸惑い、それでもつられたように後ろに大きく飛んだ。最小限の動きとは言い難い。確実な技、に綻びが見え始めていた。完全に、飲まれている。
「未来、がそこにあるのか?」
冷ややかな声のダナエ。軽蔑の色さえ見えた。彼女は、クレオンを怒らせたいのか。
土に着地したクレオンは、剣を横に構えた。はじめて、型、をつくった。
「お前は、毎日、その未来とやらを夢見ているのか? よっぽど、今、に不満なんだな」
ダナエは走り込み、剣を左から右へ水平に走らせた。すっと、わずかに下がって避けたクレオンは、再び前に出た。まるで足のない幽霊がすーっと進むような不気味な移動。
そして、横にした構えから派生するとは考えられない、雄牛の突進のような突きが、鮮やかに出された。そこの空気が顫えたようだ。
ダナエの顔に鋭く伸びていく。彼女は首を曲げるようにして、その突きを避ける。頬から血がぷつりっと、流れた。
「世界は変えようとしなければ、変わらない」
ダナエは、剣を下ろした。切先が地面に向いている。クレオンのそれとはまた違う、まったく力を抜いた、自然体。彼女のまとう空気感が変わった。まるで、殺気がない。
クレオンは剣を薙いだ。無造作なアクション。ガチン。ダナエの剣が、動きも少なく、それを弾く。また、クレオンは、彼女に斬りかかる。小さな動作で、弾く。斬撃。弾く。斬撃。弾く。どんな攻撃も通らない。ダナエは鉄壁の守りを作っていた。
「無形の
横に伏せるようにしているエリカが低く呟いた。
しかしそれは、完全に防御のための技のようで、クレオンが攻撃をやめると、場の空気も止まった。
「カーナンダが死んだのは何故だった?」
ダナエが言った。何かを試すような言い方に感じた。それが、隙間なくかっちりと封印された両開き重い青銅の扉を開く魔法の言葉だったかのように、クレオンの表情がみるみる変わった。眉は吊り上がり、口から激しく息が漏れ始める。
「お前は知っているのか! 少なくとも俺の右手が殺したわけではない!」
クレオンが突進した。踏み込みも腕の動きも、普通の人を見るように、捉えられる。確実に冷静さを失っている。
そのまま、ダナエに斬り込むかと思われた。そんなふうだと死ぬのは、あなただ! あたしは思わず立ち上がりそうになった。
だが。
「うっ!」
クレオンから、首に剣を突き立てられていたのは、ダナエの後方で戦いを見ていたフーベルトゥスだった。
「キサマ!」
ダナエが叫んだ。
「
激烈な怒りを、魂の底に沈めたかのようなクレオンは、先と同じように、目に昏い光を灯していた。
「くうっ」
眉間に皺を作り、悔しげに下唇を噛んだダナエは、「撤収だ」と走り出した。他のものたちもそれに続く。
彼女たちは河原から、去った。クレオンたちも追わなかった。
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