市場にて

それから、あたしとショル兄妹は、団員の集まるところに連れて行かれて、自己紹介をした。


団員の人たちも自己紹介をしてくれたけど、団長、副官除いての、10人のメンバーを把握できなかった。


夜警の時にあたしたちの班のリーダーをした教授プロファソーアと、この駐屯所に来て、騎士団長の部屋を教えてくれたショートカットの女性、ギゼラ・エールハーフェンだけを記憶した。


そして私たちには、アパートの部屋が用意されていた。寮なのかと思っていたが、普通の貸し部屋らしい。


ギゼラが案内してくれる。ショル兄妹の住む所と同じアパートにその部屋はあり、彼らと一緒に駐屯所を出た。


「あんまり、遠くない所よ」


ギゼラの言葉の発音が美しい。彼女の横にあたしがいて、その後ろにヴィリーとトラウテが歩く。街の人たちの往来は、雨のせいだろう、少ない。あたしたちはそれぞれに傘を開いていた。


空から、静かに糸のような雨が落ちてくる。それは、沈黙する神々の前で自らの不幸を静かに訴えている死者の涙のように、もの悲しい。


あたしは、何かギゼラに話しかけるべきか迷った。罪人騎士団のことを聞けるかな。


「あたしたちの任務って主に何ですか?」


ギゼラは、あっはは、と笑って顔をこちらにに向けた。


「まあ、名目上は、この街のレジスタンスの鎮圧かなあ。けっこうさ、ここ、それが活発なのよね」


細っこい道を抜けた。比較的広い道へと出る。


「ここが、この辺りの人が利用する市場。食事の材料なんかを買うといいわ」


打って変わり、賑わっていた。道の中央にズラリとテントで拵えられた店が並ぶ。野菜やお肉、パンなどを売っている。商店主が、客の男や女と、忙しく話していた。


「ギゼラ! おい、ジャガイモがうめえぞ!」


1つのテントの前を通ると、筋肉質のおじさんが、叫んだ。


「いいねえ! カートフェルンサラタポテトサラダにしよっか! 今、新人の相手! 後で来るよ!」


「新人? おお、お前が先輩になるのかあ! おい、そっちの!」


おじさんは、そう言いながら、なぜか左腕を曲げて筋肉のこぶを作ってみせた。え、あたしの方見てるの。


「は、はい?」


「期待してるぜ! 失望させんなよ!」


期待? 何の? え? え? 意味がわからない。


「野菜買うときは、俺の店をよろしくな!」


「は、はい!」


勢いに飲まれての返事。えー、なに、ちょっと怖い……。


「そこは、光の溜まり場であった。偽りの神話ミュトスとしての力がいかに権勢を振るおうとも、民衆のいきまでは、支配できないであろう。鎖で繋がれた精神でも、生活の中に我々は自由を見出す。哀れな為政者どもよ。聞け。圧政には必ず反作用が起こるものであることを。のちに記される歴史において暴君の印は、いつでも汚名であったことに思いを馳せるなら、おお、今からでも遅くない。悔い改めよ! お前の血を持って、生の証はどのような形を取る?」


トラウテのトランスが初めて会った時と同じく、また、あった。


「はは、気にしないでください。戯言ですよ」


ヴィリーが、苦笑いで、おじさんに言う。


「制服の嬢ちゃん、後で、野菜、買いに来いよな!」


流してくれたんだろうか? 関わりたくないだけ? ギゼラも特に咎めることもない。


それから、あたしたちはアパートにたどり着いた。市場の通りに面している。騒音があるだろうな。2階。ショル兄妹の2人は1階だった。


部屋の鍵をそれぞれに渡すと、ギゼラは、踵を返して市場へと歩き始める。先の筋肉質のおじさんの店に行くのかな。


あたしは、階段を上がった。ドアに鍵を差し込み、部屋に入る。小さなキッチンと、狭い部屋。そこに、ベットとマットレスだけがあり、あとは、がらんとしている。ちょっと、色々買わなくては。ギゼラから、幾らかの支度金を受け取っていた。あたしは、服の入った鞄を無造作に部屋の中に置き、外へ出た。


ショル兄妹の部屋をノックする。ヴィリーが顔を出した。


「買い物だよね。お店、先の地図に載ってないかな。少なくとも、布団くらいはないと辛いからね」


あたしはそう言われて、ブレザーのポケットに捩じ込んでいた地図を思い出す。


市場の周りに色々あるようだ。


「あ、お二人で一部屋ですか?」


兄妹とは言え、男と女。


「何だろうね、兄妹なら一部屋という、僕らは小学生かな。パーテーションで部屋を区切るよ」


ヴィリーは、苦笑した。


「お兄様、お夕食の材料も必要よ」


トラウテがぬっとあたしと変わらないくらいの小さな身体を現せた。


「暗くなる前に、ね。何が必要か、まずは書き出してみよう」


それをしてから、店へと繰り出す。雨は上がっていた。


買い物が終わったころ、澄み渡った夕方だった。その空に、妙な郷愁を覚える。


布団は、今日の夜までに店の人が持ってきてくれる。あたしは、鍋とかフライパンとか、タオルだとか、さらに夕食の食材まで持って、部屋に辿り着く。荷物をばっと床におろし、膝をくっつけて座り込んだ。疲れ切っていた。ご飯を作る気力が沸かない。でも、明日になるとお肉が腐るし、任務が始まるのだ。食べておかなくては。


あたしは、立ち上がり、ベランダの窓を開けた。市場では、人々がぽつりぽつりといた。テントはそのままに、店の人たちは荷車に商品を載せている。売れ残りを家まで持って帰るのだろう。


あたしはしばらく、その様子をじっと見ていた。生きている人たち。理由もわからず愛おしかった。


これからこの街で生きる。胸に、疼くような感覚がふうわりとあった。



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