二刀vs2人の剣
エミリエは、壮絶に笑った。伝説にヴァンパイアというのがいる。あれが笑うと牙が見えてそれを見た人が恐れるって子供の頃聞かされて怖かったけど、エミリアの笑みは、牙のない異形のものの笑いだ。
あたしは、エリカの横に並んだ。エミリエが、駆け出した。来る。彼女の右の剣は、エリカを狙い、左の剣はあたしに切り掛かってきた。それを防ぎながら。2人を相手に立ち回るつもり! あたしは、彼女の自信の高さに、わずかな恐れと、羨ましさすら感じながら、相手の右側に回った。
エリカが、真正面から打ち込む。それを後退して避けるエミリエは、同時に二刀を両方ともこちらに裂くように薙いできた。私はまず左の剣を弾き、右の剣を止めた。ギリギリと力押しの勝負。左の剣がこちらの脇腹に突き立てられようとした時、エリカの剣閃が横に光った。ふたたび、後退するエミリエ。
エミリエが剣を鞘に収める。戦意喪失? しかし彼女は前に駆け出した。エリカに肉薄する。その瞬間。右の手が午後の太陽の光-線のように不可視の速さで舞って、鞘から剣が抜かれ、相手に斬りつけられた。がちんっと剣と剣のぶつかる音。そして翻った光は鞘に再び収められ、今度は反対の手の剣光がこちらに鋭く伸ばされた。あたしは、目測を誤りそうになったが、素早く避ける。また、光が鞘に戻る。
「居合!」
エリカが、小さく叫んだ。居合? とにかく、剣そのものが鞘に隠れてるから、剣筋が読みにくい。
「なかなか死なない相手とやるのは、いいなあ。本気を極限まで出せる暇つぶし。こりゃあ、ヨアヒムだったら、昇天しちゃうだろうなあ」
「あなたの遊びに付き合いたくはないけど」
エリカは、踏み込んだ。はるか高い位置から降り落ちる大量の水の勢い、滝の様な激烈さで、剣を振り下ろす。
エミリアは2本の剣を鞘から引き出してクロスさせる。それでエリカの落水の剣を抑えた、と思うと、その勢いを削いだだけで剣を鞘に戻し、身体を右に飛んだ。再び居合がかけられた。右と左の同時抜刀。エリカが、身体を捻り、避けずに相手に飛び込んだ。エミリエは、相手に近すぎてあの剣筋では、斬れない。タイミングを逸らすやり方はエリカの得意技なのか。エミリエは、サッと剣を鞘に戻す。体勢がわずかに崩れたのを見た。あたしは急いで踏み込む。エリカが、相手の身体の右を斬りつける。あたしの剣も彼女の左肩に届くはずだ。しかし納めた剣を驚く復帰力で再び抜いた彼女は、あたしたちの剣を防いだ。その二刀は、鞘に戻らなかった。
「やるなあ。居合が滞ると気持ち悪いんだよねえ」
エミリエはこちらに飛んだ。剣が鞘に収められる。あたしは、相手の剣が見えてないことに戸惑っている。攻撃が遅れた。エミリエの両手が閃光を放った。剣が頭上と右腕を狙ってきた。早いのは、右の光。あたしはそれから離れるように下がり、今度は上の剣にこちらの剣を斜めに当てて方向を逸らす。エミリエが、右の剣を鞘に収めて、雷光の速さでまた、斬りかかってくる。あたしは、彼女の剣の刃の腹に沿うように自分の剣を滑らせる。そして、そのまま、手首を返して、剣の握りの柄の下で、エミリエのみぞおちを強打した。
「!!」
エミリエは、剣を持ったまま、地面に転げ、苦悶の声を上げた。
斬るなら今だ。だけど、エリカもあたしも、それ以上、手を出せない。殺す、ことができないのだ。
ぜーぜー、言いながら、エミリエが立ち上がった。
「お上品な学校剣術と思ったら喧嘩殺法。でも、トドメさせないんだねえ?」
その瞬間、明らかにエミリエの様子が変わった。勢い激しい不吉な輝きを全身で放っていた彼女から、そのオーラが消えた。まるで年老いてしまい群れから離れるライオンのように覇気をなくしている。
「あ、落ちたなあ。これじゃ、もう戦えないなあ、ボク。せっかく、エリカ・フォン・シュタットハーデン見つけてパレード抜け出したのに。うん、あんたら、つよかったよ」
「あなたは、何がしたかったの!」
エリカは先の疑問をまた叫ぶ。
エミリエの目にはあの不安定な怒りの光もないし、残忍な笑いも影を潜めた。能面の様な表情を忘れた顔つきに、言葉遣いだけ変わらない。
「時期が来ないんだよねえ。それまで退屈な時間の暇つぶし。きゃは。また付き合ってねえ」
両手に持っていた剣を、のろりのろりと、鞘に収めるエミリエ。
「別にこのことは誰にも言わないから。この、僧を助けたこともあたしと斬り合ったことも。きゃは。安心してね」
そしてあたしたちに背を向けると、これもゆっくりと歩き始めた。
エミリエは、いきなり、両手で自分の頭を押さえた。
「ママ、やめて。そんな目で見ないで。どこへ行くの。待ってるから。あたしは、ずっと待ってるんだよ? 良い子にしてるよ? 帰ってきて? あ、そうだ。
そして、その背中は見えなくなった。
そして、あたしたちはローブの男の方を見た。しかし、その姿はどこにもなかった。
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