恋する乙女(強)とお姉さん(強)

 とある配信の後、菅原輝夜と白波紫はボイスチャットをつなげたままにしていた。配信中バチバチにやり合い続けていたことを、そろそろいい加減にするよう藤崎から注意をされたからだ。

 ちゃんと話し合いをして、ある程度の妥協をしない限り余多とのコラボ配信の許可を出さないとまで言われ、二人とも仕方なく話し合いの場を設けたわけである。


 配信では辛うじて喧嘩のようなことをしながら場をつないでいた二人だが、いざ本当に二人きりになるとどちらも発声しない。

 しばらくの沈黙が続き、先に折れて話し始めたのは白波だった。


「……君は、余多君のことをどう思ってるんだい」

「弟」

「本当に?」

「本当よ」

「あんなにやさしくてかわいくて素敵なのに?」


 白波のしつこい追及に輝夜は机をドンと叩いた。

 いわゆる台パンである。配信中もよくリスナーと喧嘩しては台パンしている。


「あのねぇ、私は小さなころからあー君のお世話をしてきたの!」

「でも君たちは苗字が違う。もしかして本当は恋をしているんじゃないのかな? だから私のことをこんなに嫌っている」

「他人を全部あんたみたいな色ボケと一緒にないでもらえる? 私はただ自分が一番にコラボするはずだったのに、横からかっさらわれたのが気に食わないの。あと、大事に大事にしてきた弟に変な虫がついてるのが嫌なの」


 白波からしたら今一つ関係性のわからないライバルであっただけに牽制し続けてきたわけだが、そこまで言い切られたのならば話は別だ。


「ふむ、つまり輝夜さん、君は私のライバルになりえないということだな」

「弟に恋なんてしないわよ」


 余多のことをただの弟だと言い張るのであれば、白波にとって輝夜は無視し続けてはいけない人物となる。

 なにせ、余多と結婚することになったら身内になるわけだから。


「なぁんだ、じゃ、仲良くしようじゃないか。いずれは義理の姉になるわけだし」

「……あんた絶対やばいやつでしょ」

「どこがだい?」

「あんた、あー君と付き合ってるわけじゃないんでしょ?」

「まぁね。でも心はつながってるよ、体はまだだけど」

「きも」

「キモイはひどいんじゃないかな、お義姉さん」

「いや、キモイ。あー君の恋愛に口出そうとは思わないけど、あんたはかなりないわ」

「いいじゃないか。私ならそのうち君のことをいくらでもお義姉さんと呼んであげるよ」

「あんたに呼ばれても意味ないのよ!」

「年上でも義理の妹になるわけだ。余多君と同じくらいとは言わないが、少しくらい優しくしてくれてもいいのでは?」

「そもそもその妄想、第一歩を踏み出してもないのよ。告白してもない奴が結婚前提で話を進めるのやめてくれる?」

「でも余多君は私の運命の人だから」

「…………いや、まじできもい」


 正直なところ輝夜は、ここで話をするまで白波がここまでやばい奴だとは思っていなかった。これまでの人生の中でも、たまに余多のやさしさにほだされる同級生などがいて、それをことごとく諦めさせてきた輝夜としては、初めて出会う難敵である。


 ちなみに友達に関しても、今までは厳選してきたつもりだ。

 余多と仲良くしている素振りがあった少年少女に関しては、呼び出してお話してきた実績もある。

 上級生に突然呼び出されて訳の分からない質問攻めにあったその子たちは、その後余多に近づいてくることはなかったのだが。


 つまり余多が今まで友達ができなかったのは輝夜のせいだし、そう考えると輝夜も白波に負けず劣らずやばい奴だ。しかしやばい奴というのは得てして自分がやばいことに気づかない。


「一応聞いてやるけど、どうして運命だとか思うのよ」

「彼はね、私の人生の転換期にいつもふらりと現れて心を救ってくれたんだよ。しかもだよ……聞いて驚かないでほしい」

「なによ」

「ついこの間判明したことなんだけどね、私だけではなく、余多君もちゃんとその時のことを覚えていたんだよ! きっと余多君も私のことが印象に残ってたんだろうなぁ」

「あー君は記憶力いいから、大体のこと覚えてるだけでしょ」

「いや違うね」

「根拠もないのに否定するな」

「根拠ならあるとも」


 あまりに堂々とした答えように、何かあるのではないかと疑いつつも輝夜は問い正す。


「……なによ」

「私のときめく心さ」

「きも、意味わかんない、死ね」


 そして聞かなきゃよかったと心底後悔した。


「言葉がきついんじゃないか、お義姉様は」

「隙あらばその呼び方するのやめろ」

「一応私は年上だよ? 敬ってくれないかい?」

「嫌よ。私人を敬うの嫌いなの」

「ひどい性格だなぁ」

「あなたに言われたくないわ」

「でもそんなお義姉様でも、私はちゃんと丁重に扱ってあげるよ。私と余多君の関係を認めるのならね」

「うざ……」


 だんだんめんどくさくなってきた輝夜は、仕方なく言っておかなければならないことだけはしっかりと切り出しておく。


「……あんた、妄想はいいけど、いざうまくいかなかったときにあー君のこと傷つけたりは絶対しないでよ。それ約束できないなら、今すぐあー君にあんたのきもさを伝えて、二度と会わせない」

「私のことを伝えたところで余多君は許容してくれるけどね」

「だから根拠のない自信をやめろ」

「根拠ならあるさ」

「うるさい。大事なのはそっちじゃないんだけど、どうなの?」


 白波は一拍おいてから難しい顔を作った。輝夜にその顔が見えることはないから、それはただ、白波の感情が作り出しただけの渋面だ。


「当たり前のことを聞かないでほしい。私が余多君を傷つけるわけがないだろう。そんなことするくらいなら私が死ぬ」


 意気揚々と自信満々にしゃべっていたさっきまでの白波とは打って変わった、低い声での本気の堅い口調だった。


「……とにかく、あー君を傷つけたりしないで。あと、次のコラボのタイミングがあったら、あんたより私の方が先にコラボするから。邪魔しないって約束しなさいよね」

「……お義姉さんの言うことじゃ仕方ない。涙を呑んで譲ろう」

「こいつはいちいち……! まぁ、いいわ。害はなさそうなのわかったから、ちょっとは仲良くしてあげる」

「それはありがたいね。ついでに恋の相談とかに乗ってくれるといいんだけれど。私、実は初恋なんだ」

「……やっぱりあー君一人暮らしさせるんじゃなかったかなぁ」


 ほんの一年足らずで極上の変人を捕まえた余多を思い、輝夜はわざわざ聞こえるようにぼやいたのであった。

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