輝夜のたくらみ
昼ご飯を食べ終わったら何をしよう。
そんなことを考えながら部屋の中を見回す。
僕の勤めている会社は、掃除やら家事代行やらを派遣している。
その仕事として、輝夜に丸々一日雇ってもらっているというわけだ。支払いは輝夜のご両親。
男性である僕が派遣してもらえる先は限られているので、仕事先での態度は十分に気を付けているつもりだけれど、輝夜の家だとどうしても油断してしまう。
一度丁寧な態度をとったら輝夜が本気で怒りだしたので、こんな感じの対応になってしまった。なんだかずるをしているようで、仕事場の仲間たちには申し訳ない気分だ。
午後からはてきぱき働こう。
空気の入れ替えをしながら床の掃除。あまり使わなさそうな靴を片付けて、ゴミ類を玄関にまとめたら、いつ出したらいいかわかるように曜日を書こう。
窓のサッシを掃除して、棚のふき掃除。
輝夜がいいっていえば、空調機の掃除もしちゃおうかな。
今だったらソファのカバーを洗濯しても夜までには乾くかもしれない。その場合は輝夜に取り込んでもらわなきゃいけなくなるのだけれど……。
「ね、あー君。ご飯食べ終わったらさー、また一緒に配信しよ」
輝夜は僕が遊びに来てると思ってるみたいだ。
業務内容に含まれていないので、断る権利はあるのだけれど……。
「掃除があるから、ちょっと難しいかも」
先ほどの歓迎されている雰囲気がちょっと嬉しくて、断る言葉が弱くなってしまった。
輝夜がにんまりと笑う。
「私、来月までお部屋きれいにしとくから、ね、お願い」
じりじりと距離を詰められて、頬を指でつつかれる。
断ることはたやすいはずなのに、その文句が口から出てこなかった。
「はい、じゃあ決定ね!」
卑怯な僕がそのまま沈黙しているうちに、輝夜に手を引かれてしまう。
輝夜が椅子に腰かけ、僕はリビングから持ってきた丸椅子を持ってきて隣に座る。
結局僕は、今日一日のほとんどを、輝夜と一緒に遊んですごしてしまった。
怖いゲームが苦手な輝夜に代わって、久々に少しだけゲームもした。
楽しかった。
遊ぶよりやることがたくさんあるはずなのに、楽しく一日過ごしてしまった。
スマホから仕事が終わった連絡だけ入れて、とぼとぼと夕暮れの街を歩いて帰る。
罪悪感。みんな仕事をしているのに遊んでしまった、しかもとても楽しかった。
ご飯を作っている間も、シャワーを浴びている間も、布団に寝転がって天井を見上げてからも、今日一日楽しかったことを思い出しては、これではいけないと自省を繰り返す。
そうだ、冷房を付けるように言われたんだった。
輝夜の言葉を思い出して、冷房のスイッチを入れる。
徐々に部屋がひんやりとしてきて、薄いタオルケットをお腹の上に引き寄せた。
ああ、今日、楽しかったな。
そう考えた後、僕はいつもよりも早く眠気に飲み込まれた。
◇◇◇
鳴り響く仕事専用スマホの呼び出し音を、輝夜はしばらくの間放置していた。
相手は誰かわかっている。マネージャーだ。
来るべきものが来てしまった。
ソファに寝転がって、昼間に
だらけた姿勢のまま、手だけ伸ばし、テーブルの上からスマホを取り上げる。
念のため横目で名前を確認してから、ため息をついて画面をさっとスワイプした。
第一声は互いに無言。
先に折れたのは悪いとわかっている輝夜です。
「はーい、すみませんでした」
「……なんでお電話したのかはご理解していらっしゃるようですね」
「わかってまーす、なのでもうお小言は結構でーす」
「……はぁ。彼が前々からお話しされていたあまた君ですか?」
「そ、かわいいでしょ? どうどう?」
「一定の人気があったのはアーカイブで確認しました。しかしそれはあなたの弟というポジションがあったからでしょう。あなたのことを好きだから、彼のことも認めてくれているだけです」
気分を害した輝夜は黙り込む。
マネージャーの言うことにも一理あることはわかるけれど、大好きな義弟を否定されるのは気に食わない。
「電話先で拗ねないでください」
「……はーい」
「一部の視聴者が、あれは新人の売り出しなのではないかと勘違いをしているようで、問い合わせが来ています」
「ふーん、そーなんだぁ」
あからさまに反応が明るくなった輝夜に、マネージャーがため息をついた。
「狙っていましたね?」
「ううん、別に。たまたま来ちゃって声が入っちゃったから。私の部屋に知らない男がいたら、運営的に困るかなーって思ってフォローしただけでーす」
「今後スケジュール管理はしっかりお願いします」
「反省してまーす。でもほら、こうなったらもういっそ、あー君を、Vtuver
「……確かに新人を用意してもいい時期だとは思っていました。でも、こういう強引なことはやめていただきませんか? 信用問題になりますよ」
「……それは、本当にすみません」
そろそろ本当にふざけている場合じゃないと判断した輝夜は、ようやく素直に謝罪を伝えた。
もともと輝夜がVTuverとして活動し始めたのは、この世界の可能性に目を付けたからだ。本人の匿名性、仕事としての収入、他にもいろいろとあるのだが、もし本当にいい環境ならば、この世界に余多を飛びこませようと最初からたくらんでいた。
ただすべてを準備して、後戻りできない場所まで進めてしまわないと、きっと余多は断るはずだ。だから、こうして知識のない余多を騙すように、既成事実を積み重ねさせた。
あとは輝夜がどううまいこと余多のことをプレゼンするかだ。
これが余多のために、そして自分のためになると輝夜は信じて動いていた。
とはいえ、輝夜だって今の立場が嫌なわけではないし、世話になっているマネージャーに意味もなく迷惑をかけたいわけでもない。
しおらしい態度をとって、ちょっとずつお願いをして、近いうちに余多のデビューを認めさせるつもりでいた。
もちろんこの計画を知っているのは輝夜だけで、すでに布団で寝息を立てている余多には一切知らされていないのだけど。
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