藤崎マネの反省

 藤崎から見た皆月余多は、ただただ勤勉で、穏やかな勤労少年だ。

 年齢を考えれば青年と言って差し支えない。しかし、幼い顔立ちや男性にしてはかなり高い声が、藤崎に少年という認識を与えていた。

 本人に悪い印象はまるでない。

 藤崎自身、もろもろの付加情報を聞くまではかなり好印象を持っていたのだ。そうでなければ忙しい中、わざわざ声をかけたりはしていない。


 ただ、かなり控えめな性格をしているようなので、VTuverに向いているかというと微妙なところだ。彼自身嫌な思いをしてやめることになってはかわいそうだ、と、そこまで考えてから藤崎は首を振る。

 いつの間にか余多を積極的にプロデュースする方向で話を進めようとしていることに気が付いたのだ。


 午前午後と、おかしな二人に余多の話を聞かされすぎたせいで、どうにもおかしくなっていたようだと反省した。

 二人が藤崎のこの思考を覗き込んだら、きっとしめしめとほくそ笑むことだろう。


 特に用事もないのにスタジオへ歩いて向かっていた藤崎は、駄菓子屋の前に派手な頭髪をした女性がいるのに気がついた。足に引っ掛けたクロックスに、ダボ着いたスウェット。人の目が気にならないのかしゃがみこんでアイスをかじっている。

 その眼光は鋭く、ぼんやりとむけられた視線は道行く人を脅かしている。


 普段なら目を伏せて通り過ぎるところだが、彼女に関して言えば知り合いだ。黙って通り過ぎるのもなんだと思い、藤崎は足を止めた。


「今日はいらっしゃる予定でなかったと思いましたが、どうされました?」

「あ? ……ああ、マネか。スマホの充電器忘れて取りに来た。にしてもあちー……、マネもアイス食う? おばちゃん、同じアイスもう一個!」


 藤崎が答える前に穂村はすでに声を発していた。

 問いかけから行動までが早すぎる。


「勝手に取りなさいねぇ」

「金置いとくからな!」


 中から聞こえたしわがれた声に反応して、穂村が勝手に青いパッケージのアイスを取り出して藤崎に手渡す。


「……ありがとうございます」

「いいってことよ」


 顔を崩して笑うと愛嬌があるのだが、穂村はすぐにスンといつもの強面に戻ってしまった。

 いざ付き合ってみると意外と性格がいいのだが、穂村はとにかく初対面の時の印象が悪すぎるのだ。警戒心が強いというか、テリトリーになかなか入れないというか。


 今でこそスタジオでほかのタレントと共演できているが、最初はタレントの方が半泣きで勘弁してくれと訴えてきたこともあった。

 穂村の横顔を見ながら棒アイスを口に運んだ藤崎は、ふと一つ思い出したことがあった。


「そういえば、穂村さんは皆月余多さんとお知り合いなんですか?」


 これまで何度か、穂村が余多と一緒にスタジオへ歩いてくる姿を見たことがある。恋人には見えないし、友達にしては妙な組み合わせだったので、不思議だなと思っていたのだ。


「余多? 友達」

「昔からですか?」

「いや、ここに初めて来た日に知り合ったんだよな」


 何かと『リベルタス』と縁のある少年だ。

 ここでも何かやっていたらしい。


「良かったら知り合った日のことを教えてもらっても?」

「別にいーぜ」


 アイスを食べ切った穂村は、棒に『あたり』と書いてあるのを見て、また声を上げる。


「おばちゃん、当たったからもう一本くれ」

「勝手に取りなさいねぇ」

「棒置いとくからな!」


 さっきの焼き直しのようなやり取りをして、戻ってきた穂村は、その袋を空けながら話し始めた。



「最初にあったとき、あいつ駅で紙の地図開いてたんだよな。珍しい奴と思って、コンビニに入って出てきたらまだいて、あー、あたしももう一回場所確認しとくかーって、スマホでアプリ開いたわけ。んで横に並んだらみたら、地図に線が引いてあって、スタジオに赤丸ついてんの。じゃ、こいつについてきゃいいか、って思ってたら声かけてきたんだよな。『地図見ますか?』って。あいつって真面目そうな格好してんじゃん、まさかあたしに声かけてくると思わなくてさ、ちょっとびっくりしたんだよ」


 確かに二人が並んでいると、不良に絡まれた中学生だ。仲良さげにしているからまだ見逃してもらえているが、そうでなければ通報されそうな絵面である。


「あー、こいつあたしのこと怖くねぇんだって思ったな。そんで余多が歩き出したから、予定通り後ろから追いかけてったんだけど、あいつ途中で止まってもう一回声かけてきたんだよな。さっき割と適当にあしらったのに、また声かけられると思わねぇじゃん」


 というか、その状況で普通に予定通りついていっている穂村の存在がちょっと怖いと藤崎は思っていた。自分だったらこっそり警察に通報しているかもしれない。


「あー、もしかして面白い奴なんじゃねぇかなーって思ったんだよな。そんで話してみたらさ、やっぱ面白かった。あいつ人に遠慮する癖に妙に度胸があるんだよな。あたし中学卒業で働こうなんて思いもしなかったしさ、偉いなって思ってる」

「……そうですね、確かに」


 色眼鏡で見てしまっていたのかもしれない。

 やっぱり自分の心が汚れていたのかもしれないと、藤崎はひとしきり心の中で反省する。

 一度余多本人としっかり話してみよう、疑ってしまった罪悪感も相まって、ふい先がそう決めた瞬間だった。


「マネ、アイス溶けてんぞ」

「あ……」


 地面に落ちる寸前に、空いているほうの手でキャッチした藤崎だったが、そこからどうしたらいいのかわからない。


「早く食えよ、溶けるぞ」


 平然とそう言って2本目のアイスにかぶりついている穂村は、まったく助けてくれそうな気配がなかった。

 やはりライバーというのはちょっと変わった人物が多いようである。

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