勧誘活動?
僕の覚えている亡くなった母は、いつも申し訳なさそうな顔をしていた気がする。
小さなころの話だから、よく覚えていないけれど、輝夜の家へ引き取られる前、僕は母の実家に住んでいた。
父親のことは顔も声も思い出せない。
母の実家は田舎の広い家だ。
祖父は早く亡くなっていて、多分家長は母の兄だったのだと思う。
母と僕は広い家の隅にある、高い位置に窓のある部屋で暮らしていた。
人が訪ねて来たときには、その部屋から出ないようきつく言い聞かされていた。
好奇心で一度外をのぞいてしまったことがばれたときは、母がひどく怒られて背中を丸めていたのを覚えている。
食事は家の人とは別で、二人きりで食べていた。
実家のおじさんたちはいつだってちょっと怖くて、従妹たちは僕をあまり好きでないようだったから、別に寂しいとは思わなかった。
でも、元気のない母のことだけは心配だった。
ある時母が夜のうちにどこかへ行った。
何の前触れもなくどこかへ行って、そして僕は一人きりになった。
それからのことはよくわからない。
輝夜のお父さんとお母さんには、母の葬式の時に初めて出会ったのだと思う。
それから何度か二人は僕の様子を見に来ていた。
優しいのと悲しいのが入り混じった表情を今でも覚えている。
数か月後、僕は菅原家へ引き取られた。
僕は、皆月という名字のまま菅原家で暮らし、そしていまだ詳細を聞かないまま、就職し、家を出ることになった。
僕は家を出るときに約束をした。
きちんと三食食べて健康に暮らすこと。
困ったことがあれば相談すること。
何か自分のやりたいことを見つけること。
初めてやってみたいなと思うことができて、それをみんなが手助けしようとしてくれている。きっと幸せなことなんだ。
わかるけど、不安だった。
期待に応えられるのか。
仕事だとしたらその役割を果たせるのか。
「余多さんは、挑戦してみたいんですか? それともしてみたくない?」
「してみたい、です」
「ではなぜ断ろうとしているんです? こんなチャンス、この先もうないかもしれませんよ」
「それは、僕なんかがうまくできるかがわからなくて、迷惑をかけてしまうんじゃないかって……」
「余多さん」
「はい!」
藤崎さんが改めて少し体を乗り出してくる。
正面から目をしっかりと合わせられると、うつむいてそらすこともできない。
「私はまだ、何をどうしてほしいなんて言ってませんよ。勝手に悪いことを想像して、勝手に落ち込まないでください。いいですか、自分のやりたいことを堂々としている人間というのは、自信があるように見えてとても魅力的です。輝夜さんが人から愛されるのも、きっと彼女がいつだって自信をもって生きているからですよ」
確かに輝夜はいつだって顔を上げて、人の中心で笑っている。
白波さんだって凛としていてかっこいいし、穂村さんだって自分をしっかり持っている。
僕の周りにいる魅力的な人たちは、みんな自分を信じているように見える。
僕も、そうなれるのだろうか。
「すみません、普段の仕事姿を見ているせいか、どうしても一言二言言いたくなってしまいました。明るかったり、かっこよかったり、面白かったり、それだけが人の魅力ではないと思いますよ。余多さんにもきっと、人から愛される魅力はあるはずです。……これではまるで、私が熱烈に勧誘をしているようですね」
「いえ、嬉しいです。……そんなこと言われたの初めてなので」
大人の人とこんなに真剣に話をしたのは初めてかもしれない。
藤崎さんは、きっと仕事の情熱を持っていて、だからこそこんなに人のいいところを見つけることができるのだ。
そうだ、頑張ってみよう。
頑張れるところを、この人に見てもらいたい。
「あの、僕、やってみたいです。色々と迷惑をかけるかもしれませんが、藤崎さんにお世話になってもいいでしょうか?」
「……私にというか、うちの会社にという形なんですが。そうですね、とりあえず時間のある時でいいですから色々と相談してみましょうか。余多さんはこの世界に関する知識も疎いようですから」
「はい! ぜひよろしくお願いいたします」
まだまだ分からないことばかりだけれど、僕はもしかしたらやりたいことを見つけられたかもしれない。
VTuverになって友達をたくさん作ること。
それから、藤崎さんに世話をしてよかったと思ってもらうこと!
◇◇◇
藤崎は余多が帰って行ったあと、事務所へ戻り一人頭を抱えていた。
あんなつもりじゃなかったのだ。
思わず応援したくなるような弟キャラ、いざ話してみて、白波の言ったことをなんとなく理解してしまった自分が嫌だった。
あれこれと理由があることを言い訳にして、全力で背中を押してしまった。
簡単な契約書まで交わしてしまった以上、後戻りはできない。
十分に跳ねる可能性のありそうな性格をしていたし、本人の熱意もちゃんとある。特に熱を込めて話してしまった後は、最初は少しよどんでいた瞳がキラキラと輝きはじめ、藤崎も思わずウッと胸を押さえそうになったものだ。
「あんな悪質な勧誘のような語りをしてしまうとは……」
とはいえVTuverはそれなりにいばらの道だ。
誹謗中傷もつきものだし、嫌な思いをすることだってあるだろう。
特に余多のような性格だと、それを真剣に思い悩んでしまう可能性は大だ。
この世界は光が当たった魅力的な世界である反面、その分生まれる影だって大きいのだ。
大人としてあれでよかったのだろうかと反省しきりだ。
こうなったらもう、できる限りきちんとサポートしていくしかない。
藤崎はいやいやながらも輝夜のマシンガントークを思い出しながら、改めて余多を売り出す方向性を考え始めるのであった。
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