おしゃべりじょうず

 小会議室にはコピー機がないようで、藤崎さんはわざわざ一度出て行ってから、紙の束をもってまた戻ってきた。

 僕が準備したわけでもないのに、一枚一枚じっくりと眺めていく藤崎さんを見ていると、なんだか緊張してきてしまう。こんなこと慣れっこなのか、くしゃみママは相変わらず隣でがりがりとペンを動かしている。


「ずいぶんと沢山描いてくれたんですね」

「筆が乗ってん。余多君、これがなかなか喋りやすくてな。友達がおらん言うからどんだけ話下手なんやって心配しててんけど、喋るのが苦手言うわけやないみたいやな」

「その辺に関しては一応私も直接面談をしてから、話を進めていますからね」

「声質もええんやろな。こんなこと言うたらあれやけど、聞き流してても耳に障らん声しとるわ。耳に残る声のほうがVTuverには向いてるのかもしれへんけどな、これはこれで売りになるんやない?」

「そうですね。チャンネル登録してくれる人の中には、放送を開きながら作業をする方なんかもいますから」


 ぽんぽんと会話が行き来する間も、二人は作業を続けている。なんだか大人の会話風景だ。僕だけがくしゃみママの画面をのぞきながら静かにしている。

 しばらく黙って会話を聞いていると、突然藤崎さんから話を振られた。

 一通り見終わったらしく、僕の方に向けてラフ画を並べながらだ。


「それで、余多さんとしてはどれがいいとかの意見はあるのでしょうか? 少し難しいと思いますが、軽い気持ちで意見をいただければいいかなと」

「えっと、ですね」


 僕はくしゃみママが描くのを見ながら、ああでもないこうでもないと話をしていたので、一応なんとなくどれがいいかは決まっている。決まっているのだが……。


「マネ、ちょい待ってや、もう一枚出すから」

「もう一枚ですか? 本当に今日は調子がいいですね」

「余多君がええ子やからなー、作業用喋り相手に雇ってもええ位や。今度うちの掃除もしにこーへん?」

「あ、ご依頼いただければ行けると思いますが……」

「ほんまに? へぇー、なんや指名制とかホストみたいやな」

「いえ、正確にはそんなサービスはないんですが……、お客様の要望はできるだけ叶えようという方針はあるようです。ちょっと危なそうな相手ですと、お断りしたりもするらしいんですが、内情は僕もよく知りません」

「ほーん、ま、変な奴に指名されて襲われたりしても困るもんな」


 僕は男だからそうそうそんな心配をする必要がないのだが、女性従業員も多いので、そんな気遣いも必要なのだろう。

 僕らがしゃべっているうちに藤崎さんがさっと部屋から出てすぐに戻ってくる。


「これは……、全部の案を複合したような出来栄えですね」

「ええやろ。これが余多君のご希望スペシャルや」

「なんです、それは?」

「お話しながら余多君がいいねしてくれた部分を違和感ないようにつなぎ合わせた感じやな。どやろ? 割とええんやない?」

「……そうですね、いいかもしれません。私はてっきり、余多さんは何かを選ぶのが得意でないのかなと、思っていたんですが。意外とはっきりと決めてらっしゃったんですね」


 顔を上げた藤崎さんが僕の方を見て、言葉を選ぶようにして話しかけてくる。

 確かに僕はあまり何かを選ぶことが得意なわけではないのだが、今回のこれに関しては気軽に口をはさむことができた。

 それは多分、僕が成長したとかそんな理由ではない。


「くしゃみママが、選んでいいよって、お話しながら教えてくれてたからだと思います」


 多分気づかいっていうのはああいうものなのだともう。黙って文句を言わないとかではなくて、言葉にして相手を安心させる。


「くしゃみママは僕が話しやすかったって言ってくれましたけど、多分逆だと思います。こんなに緊張しないで話をできる相手、僕にとっても珍しいですから」


 くしゃみママはペンを置くと、背もたれに腕をひっかけて僕の方を見る。


「余多君ってお世辞言うタイプに思えへんから、まっすぐ褒められるとめっちゃ恥ずいわ」


 恥ずかしいという割にじっと顔を見てくるので、僕の方が思わず目をそらしてしまう。


「なんやなんや、乙女みたいな顔して目ぇそらして。かわええな、おい」


 立ち上がったくしゃみママにがしゃがしゃと髪をかき混ぜられる。そんな経験もないから、僕は顔を伏せてどんどん背中が丸まっていってしまう。


「白春さん、嫌がってるからやめてあげてください」

「なんや、嫌なん?」

「……いえ、そんなことはないです」

「嫌やないってー! よーしよしよし、かわええなぁ、余多君はぁ」

「嫌なら嫌って言っていいんですからね?」


 嫌ではない。ただ恥ずかしいだけで。

 しばらくじっとしていると、突然くしゃみママの手が止まる。

 どうしたのかと思って、そっと見上げてみる。


「マネ、あかんね」

「何がですか?」

「俺、この子お家で飼おうかと思うねんけど」

「犬猫じゃないんですから、わけのわからないこと言わないでください」

「ちゃんと世話するから! 散歩も連れてく!」

「そういう冗談は、ノリのいい人相手にやってください」

「……いやぁ、まぁ、マネが勢いで連れてきてまった気持もちょいわかるわ」


 笑いながら椅子に戻ったくしゃみママを確認して、僕もゆっくり背筋を伸ばす。


「んで、どうなん?」

「いいですよ。強気な性格を表現している輝夜さんと、対照的なデザインになっているところがまたいいと思います。白くてふわっとした髪型で、若干のたれ目。衣服は和テイストで輝夜さんに寄せてますね。庇護欲をそそる良いデザインだと思います」

「よっしゃ、ほんじゃそれでほんちゃん描くか!」

「ええ、よろしくお願いします」

「ほなら今日は解散やな」

「ええ、無理を言ってすみません。ありがとうございました」


 くしゃみママが大きく伸びをして、ノートパソコンを閉じると片付けを始めてしまった。


「……続きはここで描かないんですか?」

「見たいん?」

「はい」

「お持ち帰りしてええってこと?」

「はい?」


 小会議室に藤崎さんの咳払いが響く。


「余多さん、ここから先はもっとしっかり描くので数時間ではすみません。ですから白春さんもお家で作業をされるんですよ」

「やから、もしかしてお家まで来たいんかなって?」

「あ、いえ! すみません、よくわからず口をはさんで」

「ええよ、見たいて言うてくれたんは嬉しいしな。ま、デビューしたら作業配信に付きおうてくれてもええで」

「はい、よろしくお願いします」

「よっしゃ、コラボの約束したで、忘れなや」

「はい!」

「……仲良くなるの早いですね」

「もう友達やし、な、余多君?」

「はい!」


 今日は友達ができた。

 したいことの話も進んだ。

 外は雨ふりだけど、そんなことは気にならないくらい、すごくすごくいい日だ。

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