お怒り

 藤崎は小窓から白波へ警告を発してから、余多のいる部屋へ戻る。

 コメントを眺めていると、段々とその中に余多を馬鹿にしたようなものや、誹謗中傷するような内容のものが増えてきているのがわかった。

 白波のリスナー層は割と特殊だ。

 ボリューム層はおそらく、高遠玲に恋をしているような状態の人々になる。


 藤崎は白波がそれを理解していて、今まであえてコラボをしてこないのかもしれないとすら思っていたくらいだ。それを今回解禁したというのだから、当然細心の注意を払うのだとばかり思っていたが、いきなりあの様である。

 さすがに警告した後は気を付けているようであるが、これでは後の祭りだろう。


 幸いなのはその『無能』とか『金魚の糞』みたいな言い方をされている余多の方が、苦笑するくらいでけろっとしていることか。

 白波と話しながら木をたたいてとることに対して控えめに笑い、間を抜いたはずの木が空中に浮くことにまた笑っていた。それに反応したコメントを見て、それに対してまた笑う。


 友達と楽しく遊べていることが嬉しい、藤崎からは余多の姿がそんな風に映った。

 せめて藤崎と同じように余多を見ているリスナーたちが楽しくコメントできるよう、頼んでいるモデレーターがコメントの整理をしてくれている。

 それでもまるで目に映らないということはないから、今日来たリスナーの中には、余多を推すのをやめてしまうものも出てくるだろう。


 こんなことなら安易にコラボをさせるべきではなかった。

 もともとは余多が持ってきた話だったし、これを機に白波もコラボをするようになれば、全体のメリットにつながると思っていたのだ。

 

 判断を間違えた。


 白波に対して以上に、藤崎は自分のうかつさに腹を立てていた。


 配信を終えての結果は、そこまでひどいものではなかった。

 その時点では登録者はさらに増えていたし、現状目立ったアンチ活動は見られていない。


 ただこの増加率だったらきっと余多一人でも同じくらい増えた可能性があるし、アンチが増えた分マイナスという見方もある。掲示板やSNSでそう言った活動が見られるのも、放送が終わった今からだろう。

 そのどちらをも余多は見ないから、本人に与える影響は小さいが、リスナーの質が落ちる可能性は高い。


 動向を監視していたノートパソコンから目を離した藤崎は、何食わぬ顔で余多へ話しかける。


「お疲れ様です。楽しめましたか?」

「はい、楽しかったです。藤崎さんもお忙しいのにありがとうございます」

「私はこれが仕事ですから」

「あ、白波さんだ」


 藤崎が振り返ると、白波が表情の読み取れない顔で部屋の中を覗き込んでいる。整っているだけに威圧感があるが、藤崎はその顔をじっと見つめ返した。

 今嫉妬している場合なのか、自分が何をしたのかわかっているのか、そんな思いを込めて。


 しばらくそうしていると、白波の方が先に目をそらす。


「……藤崎さん、怒ってますか?」

「……いえ、…………はぁ、そうですね、少し」


 否定してから、嘘をついても仕方がないと問いかけを肯定する。

 思えば余多は初めから白波の暴走を止めようとしている節があった。あれが良くない結果を引き起こすだろうことを想定できていたのだ。

 当然藤崎がイヤホンを放り投げて一度部屋から出て行ったのも見ている。


「やっぱりまずかったですよね。もう少し強く止めるべきでした」

「止めようとしてくれていたのはわかってましたよ。あれは、白波さんがきちんと自己制御すべき問題です。仮にも経験豊富な先輩がするべき失敗ではありません」

「……でも、白波さんもコラボは初めてと言っていました。僕のために、どうすればいいか考えて、勉強したって……。だからやっぱり、僕も気を付けるべきだったんだと思います」


 余多の言葉を聞いて藤崎は、改めて事実の認識をする。


 よく考えてみれば、余多も白波もコラボが初めて。しかも片方は頑なにソロで活動してきた白波だ。

 問題があって当然と考えて臨むべきだったのだ。

 だとするならば、やはりこの失態の責任の所在はゴーサインを出した自分にある。


 扉がそっと開いたことに話している二人は気づかない。


「一番腹を立てているのは、自分に対してですね。想定できる事態をケアしていなかったということですから」

「いえ、問題は僕です。白波さんが僕の料理を美味しいと言ってくれた時、嬉しくて先の話も聞きたくなっちゃったんです。まずいって思ったんだから、ちゃんと声を上げるべきでした」

「いえ、余多さんはちゃんとそうしようとしてくれて……」

「……私が悪い、わかってるよ。申し訳なかった」


 部屋へ侵入してきていた白波が、肩を落としてそう言った。


 自分が怒られるくらいだと高をくくってやってきたのに、こっそり扉を開けてみれば、2人が自分のことばかり責めている。

 糾弾されれば反省の色を見せて、どこかで許してもらうつもりでいたのだが、いきなりこれはさすがの白波にも効いた。


 振り返った藤崎が眉間に力を入れて大きく呼吸をする。


「余多さん、ちょっと白波さんと二人で話があるので外へ」

「はい……」


 二人の顔をうかがって、これ以上自分にできることはないと判断した余多は、邪魔にならないようにそろりと部屋から出て行った。

 ぱたんとドアが閉まると、藤崎が腕を組む。


 自分に腹を立てている、でも白波に対して言わなければいけないこともある。


「白波さん、あなたのやったことは看過できません」

「わかっているよ」

「本当にわかっていますか? あなたは余多さんの敵を増やしたんですよ? それも出だしの大切な時期に」

「……そんなに?」

「やっぱり、あまり自覚がありませんね。あなたのファンは、特にあなたに対する執着が強いように見えます。リスナーは配信者に似るのかもしれませんね。想像してみてください、もし余多さんがあなたに、知らない人の手料理の話を延々自慢してきたらどう思いますか?」

「……監禁……?」

「………………ふざけてます?」

「いや、うん、腹が立つと思う」


 ふざけていてくれた方が良かったと、思いながら藤崎は首を振った。


「そうですよ。だから今日見に来ていたあなた目的のリスナーが、あなたと余多さんの関係に嫉妬して、ぽっとでの余多さんの方をなんとかしてしまおうと考えるんです」

「そんなこと……!」

「ないと思いますか?」

「…………いや、ある。まずいな、私はどうしたらいいかな?」

「……分散させましょう。今後他のVTuverともコラボをするようにしてください。嫉妬の対象を分散させて、それが普通だと思わせるんです。白波さんのファンの一部は、自分だけの高遠玲でなくなったことで離れてしまうかもしれませんが、その分新たな顧客も確保できます」

「……その、それまで余多君とのコラボは?」

「当然なしです。……本当に反省してますか?」

「してるとも」


 怪しいと思いつつも、話が理解できないほど白波がおろかであるとも思っていない。

 余多に関しては、しばらく苦難の道が続くかもしれないが、これが結果的に白波や箱全体にいい影響を及ぼすことを、藤崎は切に願っていた。

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