白波さんはかっこいい

 たまに食器の音が聞こえる昼食は、だいたいの場合何を作り置きするのかという話題になる。他には仕事の調子はどうなのだとか、僕の生活のことだとかを聞かれる。

 だけど基本的には僕から彼女についての質問はしない。


 今の段階でもすでに客と業者のラインを踏み越えていそうなのに、これ以上先に進むのは問題がある、ような気がしていた。


 今日の作り置きについて答えている間は良かったのだけど、その質問が終わると、僕は無意識に先ほど気になった段ボールの方を眺めてしまっていた。


「ふむ……、あれが気になるのかな?」

「いえ、そんなことは」


 まるで彼女の生活を詮索しているかのようではないか。

 そんなつもりはなかったのだけれど、不快な思いをさせてしまったかもしれない。


「嬉しいよ、君はあまり私に興味を持ってくれないからね。質問するのはいつも私ばかりだ」

「す、すみません。興味がないわけではなくて、仕事としてきているのにあまり踏み込むのも失礼かなと思っていたんです」

「それを乗り越えてきてくれたってことは、もう私たちは友人になれたってことかな。あれはね、パソコンに接続させて使うマイクが入っていたんだよ」


 白波さんは僕の返事を待たずに、段ボールの説明を始めてしまう。

 彼女のようなしっかりとしたかっこいい女性に、友人と言われて嬉いのと同時に、今が仕事中であることが頭の中をちらつく。

 しかし僕が否定の言葉を述べる前に、彼女は段ボールの説明を始めてしまった。いたずらっぽく笑っているので、彼女は僕の気持ちをわかっていてこんな話し方をしているのだろうと思う。


「それで、なんでマイクが気になったんだい? たしか君の家ってほとんど何もないんじゃなかったかな、もちろんパソコンも」

「昨日……えーっと」


 いくら輝夜のこととはいえ、仕事先で起こったことを勝手に漏らすのは問題がある。

 何をどう説明したらいいのだろう。


「うーん、どこかで、マイクが使われているのを見た? テレビ、とかかな」


 白波さんが困っている僕を見て助け舟を出してくれたのがわかる。

 ちょっと申し訳ない気持ちになりながら、僕はそれに話を合わせる。


「はい、ゲームをしながら文字が流れていく画面を見て、それと会話しているようでした。とても楽しそうだったので覚えていたんです」

「へぇ、仕事一辺倒の君が興味を持つなんて珍しいね。でもいいんじゃないかな、まだ若いんだしさ。折角だから君も道具を一式そろえてやってみたらどう?」


 魅力的な提案だった。

 でも、恩を返すべく働いている僕が、楽しいことなんてしてもいいのだろうか、と思ってしまう。

 輝夜のお父さんとお母さんは、きっと笑って許してくれる。でも僕の心は、遊んでる場合じゃないだろうと注意を投げてきていた。

 休みの日にはクリーニングや料理のこと、人との接し方の勉強なんかをしてきていた。でも一年半もそんな生活を送ってきた最近では、真新しいものに出会うことも少なくなってきてしまった。

 天井を見ながら、あるいは畳の縁に指を這わせながらぼんやりすることもしばしばだ。


「……それをするためには、何を用意すればいいんでしょう?」


 彼女の提案を即座に却下するのも失礼だから、ちょっと気になる部分を聞いてみる、それだけだ。本当にそれだけ。


「配信するソフト自体は無料でもあるね。パソコン関係のもの……は持っていないだろうから、最低限のスペックのものをそろえるとして、回線を引いたりもしないとダメかな。セットアップなんかは私がやってあげるとして……、そうだね、全部合わせても30万円あれば十分足りるんじゃないかな?」

「やっぱり結構かかるんですね」

「うーん、どうしてもパソコンが高いからね。そうだ、私の使っている古いものを譲ってあげてもいいよ。そうしたら多分必要なお金は半分くらいになるはずだ」

「ありがとうございます。でも、そこまでしてもらうわけにはいきませんよ」


 社会人2年目の僕にはちょっと荷が重い。


「……もし初期投資が要らなかったらやってみたいかい?」

「白波さん、そんなに気にしてくださらなくって大丈夫です。いつかお金がたまったら自分でやってみますから……」

「お金をためてやりたいくらいには、気になっているんだね?」


 揚げ足を取るような言い方だったが、確かに僕の中にはそんな選択肢も見えていた。あの楽しそうな空間に入ってみたいという気持ちは、僕の中で意外と根を張っていたみたいだ。


「ちょっとできることを考えてみるよ」

「白波さん、本当に……」

「私が、やりたいんだ。君が喜んでいる姿が見たい」


 びしっと手を前に出して言葉を遮った白波さんは、僕の目を見てはっきりと宣言した。整ったきれいな顔に見つめられ、そんなかっこいいことを言わると、僕の方が照れてしまう。


「白波さんは、かっこいいですね。でも本当に、無理しないでください」


 顔が赤くなっていないかちょっと心配だ。

 それから目を伏せて、僕は空になった食器を重ねて立ち上がる。


「あの、片づけて、ご飯作りますから!」


 僕は本当にお客さんに恵まれている。

 お礼の気持ちも込めて、僕はいつも以上に気合を入れて、作り置きの準備をすることにした。

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