変わっていく
年の暮れ、いつもの通り僕は月に一度の輝夜の部屋掃除に来ていた。大掃除の日だから今日は本格的に
輝夜の配信部屋のお掃除をしていると、椅子の上に三角座りした輝夜が話しかけてくる。たまにパソコンが乗っているテーブルを手で押してぐるぐるとまわっているけど、気分が悪くならないのかな。
「あー君さー、登録者今何人?」
「ん、今朝見たときは98551人だったよ」
「一桁まで覚えてるんだ」
「うん、だって僕のチャンネル登録してくれた人たちだし」
「あー君昔から記憶力いいよね」
「そうかな」
「そーだよ」
器用なことにぴったりと僕のいる方向を向いて回転を止めた輝夜は、指で髪をくるくると巻きながら黙り込んだ。
何か言いたいことがある時の仕草。
「どうしたの?」
「あー君ってさー、たかとーの家に週一で行ってんの?」
たかとー……って、白波さんのことか。
最近二人は週に一度くらい一緒に配信をしているらしいし仲良くなったのかな。
「うん、仕事でね」
「何してるの? 掃除?」
「白波さんの家って、結構きれいに整理されてるんだよね。でもうん、一応掃除。あとはご飯の作り置きしてるよ。たっぱに分けて冷蔵冷凍で、次の週までに食べ切る量くらいで」
「あー、なるほどねー……。私も週1できてもらおうかなー」
「うーん、別に大丈夫だと思うけど、流石に仕事中に配信とかはできないよ? 最初の時はよくわからなくて話しちゃったけど、会社にばれたら怒られちゃうし……」
「駄目かー」
そんなことだろうと思った。
輝夜は話をするたび、いつコラボできるんだって言ってくる。別に普段話すのも配信で話すのも変わらないと思うんだけど、どうしてそんなにこだわるんだろう。
「輝夜は何でそんなに一緒に配信したいの?」
「え、あー……、別に大した理由もないんだけどさ。でもさ、私一応お姉ちゃんなわけでしょ。コラボしてないほうが不自然じゃん」
「まぁ、そうなのかな」
「でしょ?」
ちょっと機嫌がよくなった輝夜は僕の腕を掴んで、また椅子をくるくると回す。
そのうち絶対に気持ち悪くなるから、やめた方がいいと思うんだけど。
回り続ける輝夜を横目に、デスクの上に乗っている空き缶をゴミ袋に放り込んでいく。
この飲み物本当に体に悪そうに見えるけど、なぜかスタジオにも常備されている。
みんな好きみたいで、くしゃみママもがぶがぶ飲んでいるのを見たことがあった。
目の下にくまを作っていたので心配で声を掛けたら「心配してくれるんは余多君だけやでー」と抱きしめられてしまった。
そう言ったコミュニケーションに慣れていない僕がお手上げで固まっていると、 たまたま通りかかった白波さんが引きはがしてくれた。
なぜかくしゃみママが白波さんにすごく謝罪をしていたのを覚えている。
「……あーくぅん」
「どうしたの?」
「気持ち悪いよぉ……」
「……窓開けてベランダに行った方がいいよ」
分かっていたんだから注意してあげればよかったかもしれない。
◇◇◇
「お疲れ様です」
クリスマス付近のある金曜日。
スタジオでの掃除の仕事終わりに大堀さんを見かけた。
どうやら大堀さんはお仕事をされているらしく、いつも夜にここにきて配信をしているらしい。
土曜日は午前中から見かけるけど、仕事中に出会ったのは初めてだった。
「お疲れ様で……す」
笑顔で挨拶を返してくれていた大堀さんは、僕の顔を見て途中で固まった。
スーツ姿の大堀さんは、私服の時よりもちょっと大人っぽく見える。
変な反応だったけど、初めて笑って挨拶を返してくれた。一歩前進かもしれない。
「何を……してるんですか?」
「ええと、仕事がそろそろ終わるので、着替えて配信をしようかなと思っていました。大堀さんもお仕事帰りですよね」
「え、ええ……、仕事、してるんだ……」
高校生だと思われてたのかな。
確かに僕の年齢だと仕事をしている人の方が少ないから、そう思って当然かもしれない。
独り言のようなつぶやきだったから返事はしないでおこう。
珍しく好感触でお話しできたので、頭を下げてそのまま道具の片付けに向かう。
きっと大堀さんも忙しいだろうから、あんまり話しかけたら邪魔になってしまうし。
さて、手早く片付けて僕も配信の準備をしないと。
◇◇◇
水無月周に挨拶をされるたび、勝手にライバル視していた私の気持ちがぐらりと揺らぐ。
穏やかな表情。悪意のない柔らかな声色。そこから彼が仲良くなりたがっているオーラを感じとってしまう。
私ばかりが醜い感情を抱いているのがわかって、余計に嫌な気分になった。
「オーディションとかレッスンもしないでデビューとか、ちょっとずるいって思っちゃう、かも」
私がいつかこぼした言葉を、青ヶ島さんも西宮さんも気にしてくれていたみたいで、積極的に水無月周とかかわらないでいるようだった。私の不用意な一言のせいで、変な対立関係のようになってしまっていることが、実は少し心苦しかった。
実は今回、二人が普通に水無月周と話しているのを見て、私はほっとしたくらいだった。
ほんのちょっとだけ友達を取られたような気分で、チクリと心が痛んだけど。それから自分の心の狭さにちょっとうんざりした。
クリスマス間近。
今年も終わりだということで、仕事もほとんど片が付いて、いつもより少しだけ早く帰ることができた。
最近では忘年会なんてイベントもなくなったみたいで、私にとってはありがたい話だ。
特定の相手もいない私は、街のイルミネーションには目もくれず一人早足で駅へ向かう。
早く『リベルタス』のスタジオへ行って配信をしたかった。
仕事をしてなければ、もっと時間を使って、どんどんリスナーを増やせるかもしれないのに。
電車に揺られながらそんなことを考える。
電車を降りて、出発間際のバスに飛び乗りスタジオへ向かう。
夜でも煌々と明かりがついているスタジオへ入ると、業者の人に挨拶をされた。どこかで聞いたような声だなと思いながら振り向きながら挨拶をすると、そこに立っていたのは作業服を着た水無月周だった。
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