年上の余裕

 仕事ってことは、童顔の割に実は結構年上ってこと……?

 いや、それにしても……。


 配信を始める前に立ち尽くして悩んでいると、事務所の方からふらふらとした足取りの白春さんが歩いてきた。イラストレーターかつ『リベルタス』のタレントもするというマルチな活躍をしている先輩だ。


「お疲れ様です」

「あー、うーん、お疲れさん。仕事帰りなんやねぇ」


 片手に持ったカラフルな缶を音を立てて開けて、椅子に体を投げ出すように座り込んだ。私なんかよりもずっと疲れた顔をしている。仕事が立て込んでいるのかも。


「本当にお疲れのようですね。大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫、この魔法のドリンクを飲めばあと6時間は戦えるわ」


 白春さんは体ごと傾けて、喉に一気に飲み物を流し込んでいく。

 500mlのエナドリってそんな風に飲むものじゃないと思うんだけど……。

 そういえば、白春さんって水無月周のママだったはずだ。


 本人以外から聞くのはフェアじゃないかもしれないけど、これ位なら許してもらえるだろうか。


「あの、さっき水無月周さんがここの掃除をしていたんですが、彼はおいくつなんでしょうか? 高校生くらいかと思っていたんですが……」

「それ、なんで俺に聞くん?」


 白春さんの細い目がうっすらと開いて、普段は人のよさそうな表情が少しだけ険しくなったように見えた。


「……先ほど、聞きそびれてしまったので」

「ホンマにそうなん?」


 嘘じゃないけれど、本当でもない。

 私の誤魔化そうとする気持なんかお見通しなのかもしれない。

 別に私は、誰かと争い合いたいわけじゃない。

 こんなことになるのなら聞かなければよかった。


「なぁんて言うてみたけど、ま、そんくらい教えたってもええよ。ただなー、余多君があいさつしたときくらい返事したってや。嫌いでもなんでも、社会人ならやらなあかんことくらいわかるやろ?」


 眼がまた細くなった白春さんは、唇で弧を描いておどけるような軽い口調で私を追求する。表情が変わっただけで、さっきと雰囲気は変わっていない。


「わ、私は別に、彼のことが嫌いなわけではなく……」

「じゃあなんなん?」

「……ただ、同時期に、急にデビューしたので」

「努力もせんで縁故で手に入れたデビューが妬ましかったん?」

「う……、そう、です」


 白春さんは大きくため息をついて、ぺこぺこと空になったアルミ缶で音を立てた。


「ま、そやろな。藤崎さんも、周りの子らも、その辺ちょっと見誤っとったもんな。人間なんやし、そう思うのもしゃーないわ」

「え?」

「せやから、しゃーない言うてんねん。そりゃ当たり前の感情や。大堀さんやったっけ? あんたらオーディション受けて、レッスン受けてきたんやろ?」

「は、はい」

「ぽっとでのあの子が優先されてるように見えるのは気分悪いよなぁ、許せんよなぁ、無視もしたくなるよなぁ、嫌いになるよなぁ?」


 にやけながら言われると、なんだかすごく馬鹿にされているような気分になる。

 それに私は本気で彼と敵対したいなんて思っていない。

 いじめたいとも、いやがらせしたいとも思っていない。


 そんな誤解はされたくない。


「あの……、できれば、私だって……嫉妬なんかしたくないです」

「じゃ、どしたいん?」

「それは……」


 私はどうしたいんだろう。

 彼の年齢を知ってどうしたいんだろう。

 彼のことを知ってどうしたいんだろう。

 知って彼が本当にただ、のらりくらりと生活していて、なんとなくデビューしてしまっただけなのだとしたら、どうするというんだろう。


 ……そうだとしても、多分私の気持ちは変わらない。

 きっと勝手にライバル視して、彼よりもたくさんの人に愛されるようになりたいと思うくらいだ。

 わたしが知ろうとしてる理由は……。


 言葉に詰まっている私に、白春さんが急に噴出して笑った。


「百面相やなぁ。大堀さん、余多君の年齢は17歳や。後のことは本人と仲良くなって聞き。こういうことは時間空けるとやらんくなるからな、今日の帰りに話しかけるんやで」

「……今まで愛想ない対応をしてきたのに、いきなり、ですか?」

「愛想ない大堀さんに、余多君はずっと話しかけてたけどな。年下の子に気を遣わせ続けるんか?」


 挑発だとわかっていてもむっとしてしまった。

 黙り込む私に、白春さんは立ち上がって歩きながら続ける。


「知りたいは、仲良くなりたいや。人を意味もなく嫌うのって結構しんどいからな。俺のせいにして、とにかく今日は話しかけてみたらええやんか」


 知りたいは、仲良くなりたい。


 白春さんが空き缶をゴミ箱に押し込む。

 その言葉は、カランという軽い音と共に、私の心にストンと落ちてきてしまった。


 そっか、私は多分、水無月周のことを嫌いでいたくなかったんだ。

 嫌いでなくしていい理由を探していたんだ。


「あの子な、ちょっと世間ずれしてるけどええ子やで。俺のことちゃーんとくしゃみママて呼んでくれるのあの子だけやしな」


 それからもう一つ気づいたことがある。

 ……白春さんってかっこいいかもしれない。

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