初配信 そしておまけ
次々とコメントが流れていく。
とてもじゃないけれど口が回らないし、コミュニケーションができる速度ではない。
長くやっている輝夜のところより、きっとずいぶんのんびりとできるつもりでいたから、完全に予想外の展開だった。
同じ質問も結構あるみたいなので、忘れないように手元の紙の空いている欄にメモをしていく。
『たまに声が遠くなる』
『首の挙動変だけどどうした?』
「あ、すみません、言われたことをメモしているものですから。できるだけ手元を見ないように書いてみます」
『まじめすぎwww』
『パソコンにもメモ取れない?』
『スクショしよ』
『コメントさかのぼればいいでしょ』
スクショ……?
なんだろうそれ……。
「すみません、僕パソコンがあまり得意でなくて……」
『配信してんのにそれは嘘』
『じゃあ今どうしてんだ』
『ぶりっこすんな』
『もしかしてたまに横見てるの、近くにスタッフいる?』
この辺についてはあらかじめ答えていいと言われている。
「そうです。僕が今見えてるのはコメントと、自分の動きだけですね」
『さすがに嘘だろ』
『補助輪付きwww』
『あー君、多分マジでよくわかってないぞ。姫のとこでしゃべってる時も変なこと言ってたし』
『あー君はお姉ちゃんの心配してきた心優しい子なんだぞ』
多分輝夜のところに顔を出したときに来ていた人たちだ。名前までは憶えていないけれど、僕のことをあー君って呼んでいるから多分そうなんだと思う。
「ありがとうございます、多分輝夜のところで会った方ですね」
『そうだよ、お兄ちゃんがファン一号だよ。だからお兄ちゃんにモデレーター頂戴ね^^?』
「もでれーたー……? すみません、お兄さん、ちょっとそれをどうやってあげたらいいかわからなくて……。でも来てくださったことは嬉しいです」
『どっちかっていうと、輝夜よりこの子の方が心配だけど』
『ごめんね、お兄ちゃん難しいこと言っっちゃったね、ごめんね』
『きも』
『輝夜姫の弟ってマジなの? コラボとかすんの?』
ちらりと藤崎さんの方を見ると笑いながら首を横に振って、指を口の前に立てている。まだ言っちゃだめだよーってことかな。
「ええと、その辺はまだいろいろ決まっていない……、と思います」
『また横見た』
『まじでスタッフいるんだな』
『子供っぽい声してるしな』
『なんでデビューしようと思ったの?』
「それは……輝夜の配信にお邪魔したとき、みんなが楽しそうで……。僕も輝夜みたいに友達をたくさん作れたらいいなと思ったからです。一緒に遊んだり喋ったりする友達が、今までいなかったので……」
『泣いた』
『きゃわ』
『私たち……もう友達だろ?』
『こんな感じの子でも友達出来ないことあるのか、俺にできないのも当然だな』
たまに『つまらない』みたいなコメントが流れることもあるけど、覚悟していたよりはずいぶん少ない気がする。あるいは、僕が目で追いきれてないだけかもしれないけど……。
僕はその日、皆とおしゃべりをしながら、結局3時間はぶっ続けで放送をしていた。コメントがゆっくり流れるようになってきたころに、もともと予定していた話すべきことを伝えることもできた。
普段こんなにしゃべったことがなかったので、大きな声を出したことがなかったのに、最後の方は喉がかれてしまった。
こんなガラガラ声も初めての経験だ。
コメントの皆にも、それを心配され始めたころ、ちらっと藤崎さんの方を見ると『そろそろ切り上げましょう』とホワイトボードに書いてあった。
藤崎さんの字は、正確に似合わず丸っこくてなんかかわいい。
「ふふっ……。ええと、それじゃあ今日はこの辺でお暇させていただこうかなって思います」
『なんで横見て笑った』
『次はいつ? なにやんの?』
『最後まで横にスタッフいたなwww』
『もっと笑って』
「こんな長い時間お付き合いしてもらいまして、皆さんも、お二人も、ありがとうございました」
『二人いたんだ』
『誰なんだ……』
『お姉ちゃんは周きゅんのことが見れて幸せだったよ、次も来るからね』
『なんか平和で気持ちが穏やかになったわ、割とよかった』
「次回は金曜日の夜に、何かゲームをするみたいです。お話ししながらできそうなゲームを選んでくださるみたいなので、今日の延長のように過ごせたらいいなと思っています」
『ゲームか、得意なの?』
『姫のところのホラゲはビビらないでちゃんと見てたし、姫に的確な指示出してた』
『私は声が聞ければいいや』
「ええと、それではお兄さん、お姉さんがた、また金曜日の夜に会いましょう」
『うん! お姉ちゃんまた来るね!!』
『水無月輝夜:お姉ちゃんは私だけなんだが』
『お兄ちゃんもまた来るからね(にちゃぁ)』
『まて、輝夜姫いたぞ』
『嫉妬するな』
『高遠玲:周君、今度一緒に遊ぼう』
『姫おこじゃん』
『まて、いまレイ王子までいたぞ』
『は? なんで?』
『周君何者なの? リベのコラボしない組が顔出してるけど』
『っていうか今まで黙ってみてたのかよwww』
『大型新人ジャン』
『輝夜姫はともかく、もしかして王子とコラボあるのか……?』
ヘッドホンをそっと外すと、藤崎さんがマウスを操作して放送を終わりにしてくれる。
「……はい、終わりました、お疲れ様です」
「お疲れ様です。あの、操作とかやっぱり覚えたほうがいいですよね」
「おいおいで大丈夫ですよ。それより、どうでしたか?」
「楽しかったです! ……こんなにしゃべったのは、生まれて初めてでした。ホントだったら、ずっとずっとお話していたいくらいで」
「本当ですか? 時折心無い言葉もありましたけれど」
「でも、それ以上にみんなが楽しんでお話をしてくれました。つまらないのも当たり前です。初めてやったことですし、僕自身面白い話ができてるとも思ってませんから。……それでも、最後まで一緒にいてくれた人がいたことが、嬉しいです」
3時間、ただ僕が話し続けるの聞いてくれたのだ。
相互のやり取りはあったにしても、拾いきれないコメントもいっぱいあったはずなのにだ!
嬉しくないはずがない。
「あの……! コメントって見返すことできるんでしょうか?」
「え、ええ、できますけど……」
「ここで見てから帰ってもいいですか? 名前、憶えたくて……」
「……膨大な量ですよ?」
「はい、でも、最後までいてくれた人の名前くらい憶えておきたいです」
藤崎さんは驚いた顔をしていたけれど、パソコンを操作して、コメントが最初からみられるようにしてくれた。
「この何も書いてないバーを押すと一時停止、もう一度押すと再開。矢印の左右を押すと、戻ったり進んだりできます。わかりましたか?」
「……停止、再開、戻る進む、ですね。はい」
「こっちのマウスでも、矢印を操作したりすると同じ動作ができます」
カチカチと操作を見せてくれたので、ふんふんと頷きながら操作を確認する。あまり難しくない。これなら僕でもできそうだ。
「私は邪魔にならないように休憩室にいますので、……頑張ってくださいね」
いつもの通り優しく微笑んで、藤崎さんが部屋から出ていく。
それを見送ってから、くしゃみママがドアに手をかけながら笑った。
「マネは心配してたけど、余多君は大丈夫そうやな。あんまり根詰めたらあかんで。遅くならないうちに帰りや?」
「はい、ありがとうございます!」
◇◇◇
藤崎は受付からそのまま休憩室へと入った。
通常業務に合わせて、余多の世話をしていたので、ここ最近は睡眠時間が著しく削れていたからだ。
2時間したら、余多を家へ帰そう。
そう思い、アラームをかけて寝転がる。
藤崎は、パソコン初心者を、文明に触れてこなかった者を舐めていた。
寝入ってほんの少しした頃、スマホに水無月周が放送を開始した通知が入る。
しかし疲れて目を閉じていた藤崎は、その通知に気が付くことなく、ゆっくりと意識を手放してしまった。
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