あー君はパソコンで友達を作りたい~VTuverってなんですか?

嶋野夕陽

汚部屋のお姫様

 今日は月に一度のハウスキーピングの日だ。

 相手は幼馴染。3つ年上、大学2年生の女性。名前は菅原輝夜すがわらかぐや

 とはいえ、色っぽい感情はこれっぽちもない。

 家族同然で育ったこと。あとは彼女が細かいことを気にしない男らしい性格をしているというのがもう一つの理由だ。


 ハウスキーピングに行く理由はいろいろあるのだが、最も大きな理由は、彼女がとんでもなく部屋を散らかすからだ。


 たった一月の間に、それはもうぐちゃぐちゃのめちゃくちゃに部屋を散らかす。どのくらいかというと、床が見えなくなって、部屋のあちこちに何かで作られた山ができているくらいだ。


 仕事だし、掃除は嫌いではないので構わない。それに彼女の両親からも、様子を見てくるように頼まれている。


 スマホを見て、朝の十時を回ったことを確認してインターホンを押す。大学生の彼女は、一人暮らしをしているせいか、休みの日はいつまでも眠っていることが多い。

 何度かインターホンを押しても反応がない。

 彼女の目が覚めるまで、ジリジリと照り付ける太陽光に耐えながら無為に時間を過ごすのは少し辛い。

 僕は諦めてポケットから合鍵を取り出して、そっと鍵穴に差し込んだ。


 本人が渡してきたものなので遠慮する必要はないのだが、女性の部屋、しかも家主が眠っている間に入り込むのは一般常識的にどうなのだろうか。

 世間のことに疎い僕には何とも判断がつかない。

 来るのがわかっているはずなのに眠っているのが悪いと、僕は思う。

 そう心の中で言い訳をしながら扉を開けると、中から小さく笑い声が聞こえてきた。


 起きてるじゃん。


 玄関に脱ぎ散らかされた靴をきれいに並べ直してから廊下に上がり、突き当たりの扉に向かって物を避けながら進んでいく。

 廊下には段ボールとビニールひもの塊が転がっていた。

 ゴミに出そうと思い立ったは良いが、途中で面倒になって投げ出したに違いない。


 段ボールを避けて通りドアを開けると、リビングには洋服の山。そしてところどころにペットボトルに転がっていた。

 台所には口がしっかり閉じられた、燃えるゴミの袋が積み重なっている。虫が湧くからと注意したのが功を奏して、それだけはやってくれるようになった。


 彼女は隣の部屋にいるらしい。

 話し声が聞こえてくる。誰か遊びに来ているのかな?

 だったら邪魔しちゃうかも……。

 

 誰か来ているにしても、仕事を始める前に訪問したことくらいは知らせておくべきだろう。

 僕は一応ノックをしてから扉を開けて声をかける。


「お掃除にきたよ」


 ヘッドフォンをつけてマイクに話しかけている輝夜の横顔が見える。

 僕の声には気がついてないみたいだ。

 誰かが来ているわけではなく、パソコンの画面に向けて話をしている。アプリとかを使って通話をしているのかもしれない。

 三つも画面を横並びにして使っているから、もしかしたら仕事でもしているのかもしれない。邪魔しては悪いかなと思いつつ、少しだけ近づいてみる。


 きっとアレらによって、廊下に大量の段ボールが生産されたんだろう。

 だって先月までどれも輝夜の部屋にはなかったもの。


「ねぇ、掃除するからね?」

「うわぁあああ!?」


 近寄って声をかけると、ようやく彼女は奇声を上げながら手にもったコントーローラー、続いてヘッドフォンを投げ捨てて振り返った。


「あ、あー君! ごめん、今日掃除の日か!」

「……いいよ、なんか忙しそうだし」


 真ん中にはおどろおどろしい雰囲気のゲーム画面。右にはすごい勢いで文字が流れ、左には真ん中の画面が小さく映り、その端に輝夜によく似た女性の絵が映っている。


『誰かの声がした!』

『男? 女?』

『うおおお俺たちの姫が!!』


 右の画面ではそんな文字が流れている。流れるのが早すぎて目が疲れてしまいそうだ。


「あ、違う違う、あー君は月に一度家を掃除しに来てくれる子」


『姫の部屋が汚い? 解釈一致です』

『君ってことは男?』

『いや、でも声女っぽいぞ』

『掃除とかできなさそうだもんな』

『臭そう』

『お掃除しに来てもらうとか、マジでお嬢様なんだなー』


「汚くねーし、ふざけんなよお前ら」

「いや、汚いよ?」


 どうやら輝夜は流れていく文字と会話しているらしい。あまりに事実と異なることを述べられたので、反射的に否定してしまった。


「あー君? ちょっとあっちでお掃除しててね。私はこいつらしばき倒してから行くから」

「……あまり喧嘩したらダメだからね」

「うん、大丈夫だからね~」


『姫なんか声甘くない?』

『やっぱ男か?』

『いや、声質的に女でしょ』


「うっさい、甘くない!」

 

 言ったそばから喧嘩腰だ。

 輝夜は昔からこんな感じだ。優しいんだけど、すぐ人の挑発に乗ってしまうところがある。それでも嫌みがないからいっつも人の真ん中にいるようなタイプだった。

 きっと今もそうやって人から愛されてるんだと思う。


 暗めな性格をしている僕とは正反対だ。


 僕はそっと扉を閉めて、リビングの掃除に取り掛かることにした。

 ものが散らばっているだけで、汚いものが落ちているわけではない。

 服も皺だらけだけど、洗濯自体はちゃんとしているみたいだ。


 昼を少し過ぎたころには終わるかもしれない。


 相変わらず隣の部屋からは、輝夜が楽しそうに叫ぶ声が聞こえてくる。

 結局あれは、いったい何をしているのだろうか。

 僕は散らばったペットボトルを集めて、ラベルをはがしながらそんなことを考えていた。




 この一件が人生における大きな転機になることを、僕、皆月余多みなづきあまたはまだ知らない。


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