仲直りと違和感

 コートに袖を通して、ボタンを閉じる間も惜しんで僕は大堀さんの元へ戻った。

 

「すみません、お待たせしました」

「そんなに待ってないけど……。外寒いから、前ちゃんと閉じたほうがいいと思うよ。そんなに急がなくていいから」

「ありがとうございます」


 そういう大堀さんは、膝丈まであるコートの前をしっかりと閉じて、首にはぐるりとマフラーを巻いていた。逆らう理由もなく、慌てて前のボタンとを閉じていくと、急にクスリと笑われる。


「ボタン一個ずれてるよ。急がなくて大丈夫だってば」

「すみません」


 大堀さんはいつもとちょっと雰囲気が違う気がする。

 ボタンを留め直してスタジオから出ると、外はひどく寒かった。今まであまり夜間に出歩くことがなかったけれど、冬の夜ってこんなに冷え込むものなんだなぁと今年初めて感じていた。


「大堀さんたちって、仲がいいんですね」

「たち、って……、青ヶ島さんと西宮さんのこと?」

「ええ、あだ名で呼んでて、なんとなくお互いのこと考えてて、いいなーって」

「うん、まぁ、三カ月くらいレッスン一緒にやってたから」

「羨ましいなって思います」

「羨ましい……?」

「はい、同じ目標に向けて一緒に頑張るのって、なんだかとても楽しそうじゃないですか」

「そう……かな? 毎日忙しくてあんまりそんなこと考えたこともなかったな……」


 隣で歩いていると話している相手の顔ってあまり見えない。

 気になってちらっと横目で見てみると、大堀さんと目が合ってしまった。


「でも、そうだね。……楽しかったかも。私、部活とかやったことなかったし、あんまり友達もいなかったから」


 大堀さんって、きちんとしてるから友達とかもちゃんといるんだと思ってた。多分謙遜、なのかな?


「ねぇ、君のことって何て読んだらいいの?」

「あ、名乗ってなかったですね。皆月余多、っていいます」

「苗字、活動してる名前と一緒なんだ」

「読みは一緒ですね。漢字で書くと違うんですけど」

「じゃ、外では余多君って呼んだ方がいいね。名字で呼ぶと身バレしちゃうかもしれないし。余多君、声特徴的だもんね、羨ましい」

「羨ましい、ですか?」

「うん、だって活動していく武器になるじゃない。君の声が好きだって人、結構見かけるよ」

「そうなんですか、嬉しいですね」


 特別意識したことはなかったけれど、コメントではそういってくれる人はいる。

 コンプレックスとはいかないまでも、これが売りだって認識はなかったのでちょっとした気づきだ。大堀さんはよく人のことを見ているのかもしれない。


「余多君って、お料理するの?」

「はい、一人暮らしを始めてからはよくやっています」

「……一人暮らし、なんだよね。今ってまだ未成年だよね?」

「ええ、そうなんですけど。中学を卒業してから就職して働いてます」

「……水無月輝夜さんの、弟なんだよね? 高校行こうとかって、思わなかったの?」


 高校かぁ……。

 もしかしたら行った方が良かったのかな。そしたら学校でも友達ができてたのかな。

 でも、僕は早く一人前になって、育ててくれた輝夜のお父さんとお母さんに、恩返しがしたかった。お金に困っている様子もないから、もしかしたらただの僕だけの空回りなのかもしれないけど。


「あんまり、思ったことはなかったです」

「ご両親に反対されなかった?」

「……ええっと、育ててくれた人たちには、ちょっとだけ」

「育ててくれた人?」

「はい、輝夜の両親ですね」

「……ごめんなさい、私今、聞いちゃまずいこと聞いてる?」


 確かに積極的に人に話すような事でもないけれど、隠しているわけでもない。輝夜の両親は立派な人だって、それは胸を張って言えることだ。


「いえ、そんなことはないんですけど……」

「いや、そんなことあると思うよ」

「僕は全然……」

「うん、君が良くても私が気を遣うから。……余多君って思ったより変わってるんだね」


 そういえば家の話を人にしたことってあまりない……、いや、一度もないかもしれない。学校の知り合いに話すような事じゃなかったし、そんな機会もなかったもんなぁ……。


「えーっと、余多君は……、なんでVtuberになったの?」


 大堀さんは周りに人がいないことを確認してから声を潜めて聞いてくる。


「さっき大堀さんも言ってましたけど、僕も友達がいなくて……。輝夜の配信を見て、楽しそうだなって思ったのがきっかけでした。パソコンで、友達が作れたらいいなって」

「友達……? 目立ちたい、とか、お金儲けしたいとかじゃなくて……?」

「はい。一緒にワイワイできる友達ができるかなって思ったんです」

「あ、そうなんだ……。ってことはもう目標達成しちゃってるし、モチベーションはあまりないんじゃない?」

「いえ! 友達はできましたけど毎日楽しいので! 配信に来てもらえて楽しんでもらえると、ああ、役に立ってるなーって思うんです」

「……いい子過ぎる」


 ぽつりと大堀さんが呟いた。

 そしてさらに一言、冬の風の音に紛れるくらいの小さな声で付け足される。


「でも、友達ができなかった理由もちょっと分かるかも……」


 僕はなぜだかその理由を問うことができなかった。

 悪いところがあれば直したいから、普通に聞いてみようと思った。なのに言葉を発しようとした瞬間、なぜかうまく口が動かなくなってしまった。


 僕と大堀さんは、そのあとも取り留めのないことを話しながら駅への道を歩いた。

 改札についてそれぞれのホームへ降りる前に、大堀さんは立ち止まって言う。


「今までごめんね。先にデビューされたのがなんだか羨ましくて、大人げなく避けちゃってた。これからは普通にするから、嫌じゃなかったら仲良くしてほしい、かも」

「嫌じゃないです、これからもよろしくお願いします」

「う、うん、余多君がそれでいいならいいんだけど」


 大堀さんは目を所在なさげにさまよわせて「それじゃ」と言って僕とは反対のホームへと消えていった。





 

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