恋ってなーに?

「輝夜って、いつの間にか白波さんと仲良しになったよね」

「それ今話すことかなぁ?」


 そんなことを言われても、白波さんから反応が返ってこなくなっちゃったし……。


「あー君どうなの?」

「どうなのって?」

「こいつのことどう思ってるのって」

「かっこいいと思ってるし、好きだけど……」

「結婚しよう」


 復活した白波さんが僕の手を取ると、輝夜がまたその肩を殴る。さっきよりも揺れてるから多分威力が上がってる。


「あー君はまだ17歳だから結婚できないの。あと段階をふめ」

「じゃ、同棲からはじめよう」

「数段飛ばしで昇るな」


 ただどうなんだろう。

 僕は白波さんのことが好きだけど、それって白波さんが思っている好きとはちょっとずれてる気がする。友達に対する好きも分からなければ、そういう相手に対する好きもよくわからない。……それから実は、家族に対する好きもよくわからない。

 嫌いじゃないが好き? どう考えたら好き? 白波さんは僕にどんな気持ちを持ってるんだろう。


「白波さん」

「なんだろう?」

「恋って、どんな気持ちなんですか?」

「……それは、なんだろう。相手を自分だけのものにしたいと思ったらそれが恋なんじゃないだろうか」

「だとしたら、僕は白波さんのことが好きですが、恋はしていません」

「じゃあ違うかもしれないね」


 白波さんは僕の言葉を聞いて、即座に考えを投げ捨てた。

 変わり身が早いなぁ。


「やーい、墓穴掘った」


 楽しそうに煽る輝夜を白波さんがジトッと睨む。


「輝夜は?」

「え?」

「輝夜は恋ってどんな気持ちだと思う?」

「…………相手の気持ちを自分の方に向けたくなる感じ?」

「うーん……」

「例えばさー、そーだなー……、あー君って白春さんと友達になったでしょ?」

「うん」

「んで、白春さんが女の子と楽しそうに会話しててどう思う?」

「お友達が多くていいなーって思うかも」

「でしょ。んじゃそっちの変人は、あー君が女の子と楽しそうにおしゃべりしてたらどう思う?」

「間に割り込んで連れ去って部屋に閉じ込めたくなる」

「聞く相手間違えたわ」

「閉じ込められるのはちょっと……」

「あ、違うんだよ、あくまで気持ちの話であって、実際にそんなことをするつもりはないんだ。ちゃんと我慢できる」


 白波さんそんなこと思ってたんだ……。だから僕が他の女の子の話とかすると、露骨に話題変えてたんだ……。

 怖いってことはないけれど、なんだかちょっと申し訳ないような気持ちだ。


「こいつのは行きすぎだけど、でもそれが恋なんじゃない? その人の好きの方向を自分の方に向けたくなる、みたいな」

「なんとなく、わかるような気もします」

「……余多君にもわかるんだね。そんな相手がいるってことかい?」


 白波さんが真面目な顔をして尋ねてくるのに、僕は頷いて答える。


「例えば、白波さんが僕がいる場所で、他の人とばかり話していたら、ちょっとだけ寂しいかもしれません」

「そう、それが恋だよ!」

「これが、恋なんですか?」

「そうだとも」


 そっかぁ……、これが恋なのかぁ。

 ということは僕は白波さんに恋をしているということなんだろうか。


「あー君、それ、私に置き換えて考えてみてよ」

「…………同じ気持ちかも」


 でも輝夜に恋はしないもんなぁ……。


「輝夜さん、余計なことしないでくれないかな?」

「白波さん、あー君に間違ったこと吹き込まないでくれる?」


 そのあとも喧々諤々話が続いたが、結局結論は出なかった。恋とはなんだ、そんな話で2時間近くを過ごしたころ、休憩室に美乃梨さんが一人で入ってきた。僕のことを見つけると軽く手を上げて挨拶をして、それから同じテーブルにいる2人を見て眉間に皺を寄せる。

 美乃梨さんはそのまま椅子を一脚引きずってくると、丸テーブルの空いている場所にそれを押し込んで座った。


「何よ」

「なんだい、急に」

「いや、あんたらがまた余多に妙なことしようとしてんのかと思って」

「妙なことって何よ」

「そうだよ、失礼じゃないかい?」

「だってあんたら初日に余多が間違えて放送してんの気づいてたのに、電話して止めなかったよな。あれ絶対わざとだろ」


 二人仲良くかみついていたのに、美乃梨さんの反論一つ受けてしっかり黙り込んでしまった。あれ本当にわざとなのかなぁ。


「どうせお前ら余多の放送に直接顔を出そうと……」

「たしか君は美乃梨さんだったよね」

「そうそう、あー君の友達の美乃梨さん!」


 美乃梨さんはスーッと目を細め、無理やり話を遮った二人を見ながら、背もたれに寄りかかって腕を組んだ。


「穂村だ、勝手に下の名前で呼ぶな」

「美乃梨さん、普通に話していただけですから……」

「ふぅん、何の話してたんだよ」

「恋ってどんな気持ちって話なんですけど」


 僕がそれを口に出した瞬間、美乃梨さんはふっと変な音を出して笑った。


「もてそうな二人と余多が集まって恋って何って話? 何してんだあんたら、あほだな」

「阿保っていうけどね、こっちは真剣に話してたんだよ。そういうのなら穂村さんはどう思うんだい? 恋ってどんな気持ちだい?」


 白波さんがむっとした顔で詰め寄ると、美乃梨さんは笑ったまま答えた。


「恋にどんな気持ちとかねーだろ。なんとなくだよ、そんなもん」

「……そうなのかい?」

「感情なんていちいち解説できることじゃねーじゃん。好きとか嫌いとか。あたしは余多のことなんとなくおもしれーと思ってるから友達なんだよ。それ説明しろとか言われてもわかんねーし、ごちゃごちゃ言えば言うほど嘘くさいだろ。恋だって一緒なんじゃね」


 美乃梨さんの堂々とした意見に、恋談義をしていた僕たち三人は黙り込んでしまった。

 美乃梨さん、大人だ……。

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