その形
「もしかして、穂村さんは恋愛上級者なのかな……?」
「上級者ってなんだよ」
「もしかして、男性にもてもてなのかな……!?」
「なんかお前、見た目と話し方の割にがきっぽいな」
白波さんが身を乗り出しているのを見て、美乃梨さんが呆れ顔でつぶやいた。確かに白波さんってかっこいいんだけど、たまに子供っぽくなる時がある。今日輝夜と話しているのを見て特にそれを強く感じていた。
ちょっとかわいらしい。
「こいつずっとこんなよ。見た目に誤魔化されてるだけ」
「変な奴」
「なんだい二人して……。それで、どうなのかな、穂村さん」
「別にそういうんじゃねーよ。あたしは付き合ったことあんの3人だけ。でもよく恋愛相談されるんだよな」
「3人も!?」
「ふーん、やるじゃん」
「そういうお前らはどうなんだよ」
「当然いない」
「言う必要なくない?」
「おい余多、お前の姉は見た目の割に性格悪いだろ」
「いや、うーん……」
「あー君? なんですぐ否定しないの?」
「いや、僕は別に普通なんですけど……、周りの人からはちょっとあれですね……。いつもはもうちょっと猫かぶってるんですけど」
考えてみると、輝夜はVtuverとして活動している時は昔にもましてはっきりとモノを言っている気がする。最近では外に出るときはおとなしそうな格好をしているし、昔の友達にあってもおとなしくて気味悪がられてる。
僕としてはVtuverの時の輝夜の方が、昔のように元気で楽しそうに見えるから好きだ。
「猫かぶってるとか思ってたの!?」
「え……。だって、昔の輝夜の友達も、後でこっそり僕に、輝夜が変なもの食べたんじゃないかとか、頭打ったのかとか聞いてくるよ?」
「あー君ちょっとあとでそいつらリストアップしといて」
「やだよ、輝夜文句言うじゃない」
「なーんであー君に言って私に直接言わないのよあいつら!」
多分そういう感じだからだと思うけど、それを言ったらもっと暴れそうだから黙っておこうかな。
「一応確認しておきたいんだが、穂村さんは余多君に気はないんだね」
「は?」
「私は余多君のことが好きで、将来的に結婚しようと思っているんだけれど、穂村さんは余多君に気はないね?」
「あんたもう恥ずかしくなくなったの?」
「よく考えたら私のこの気持ちは全然恥ずかしいことではないので、堂々とすることにした」
「あ、っそー……」
輝夜が椅子にもたれかかって天井を見た。
美乃梨さんは会話している二人と僕の顔を見比べてから口を開く。
「余多、こいつと付き合ってんの?」
「いえ、付き合ってません。今日白波さんに恋愛的に好かれているらしいことに気が付きました」
「お前も何で平然としてるんだよ」
「いえ、どう考えてどうしたらいいのかわからず、これでも結構悩んでいます」
「そうはみえねーんだよなぁ……」
頬杖をついた美乃梨さんがぼやいている。
だからこそさっきから恋ってなんだろうって話をしてたんだけど、結局答えは何も出なかった。
「まあでも、悩んでんなら相談ぐらい乗ってやるよ。役に立つかはわかんねーけど」
「ありがとうございます」
「……そんなことを言って気を引こうとしてるのでは?」
「めんどくせぇよあんた。嫉妬ばかりしてると嫌われるぞ」
「余多君、私は友人関係には寛大だよ!」
「ありがとうございます……?」
全員が遠慮なく話をするおかげなのか、思っていたよりも話はずっと弾んだ。
もしかしてこれが友達との会話ってものなのかなと思ったけれど、なんだかちょっと違うような気もする。
ただ確かなことは、この空間が僕にとって楽しいもので、今までにないような新しい関係に踏み出せているということだった。
◇◇◇
19時が近づいてきて、僕たちはそろって現場へ戻る。
食事が並べられていく中、奥の席では白春さんが一人マイクに向かって話しているのが見えた。
藤崎さんによればここから2時間は白春さんがメインパーソナリティとして話をつないでいくらしい。呼ばれたらそこへ向かうように言われている。
こんなパーティのような会場に来るのは初めてだから、どこにどう立っていたらいいのかわからない。
僕が入り口付近で立ち止まっていると、白波さんがすぐに振り返って笑いかけてくれる。
「たまには人が作った料理を一緒に楽しもう」
手を差し出してくれる白波さんは、先ほどまでよりずいぶんと大人っぽく見えた。
恋愛云々はひとまず置いとくとして、白波さんは僕にとってはやっぱりかっこいい大人の女性だった。
「ありがとうございます」
先ほどの話もあって僕は手を取るかどうか少しだけ迷う。
友人としてだけだったら躊躇することもなかったけれど、さっきの話を考えるとどう対応するべきなのかよくわからなかった。
それでももしこの手を取らなかったときの白波さんの表情がなんとなく想像できて、僕は結論を出さないまま手を差し出した。
どちらかというとかっこいい容姿の白波さんが、花が綻ぶように笑った。
好きとか、恋とか、そんなことはよくわからないけれど、多分僕の選択は正解だったんだって、そう思えるような笑顔だった。
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