気づき
無事に配信を終えて、休憩室で輝夜と一緒に一休みする。
過去にないくらいご機嫌な輝夜は、うかれたまま熱いコーヒーに口を付けて火傷をしていた。
「大丈夫? 冷やした方がいいよ」
ウォーターサーバーから水を持ってきて手渡すと、輝夜はそれを口元にあてた。火傷したはずなのにまだにやにやしてる。
「すみません、余多さん。17時からの配信なんですが、こちらは元のままの予定で進めることになりました。ですので次は19時からの自由配信の時間ですね]
「ご連絡ありがとうございます。じゃあそれまでにもう少しだけ配信できるかな……?」
「一緒にやる!?」
輝夜がコップを置いて声を上げる。
「いえ、それはなしにしましょう。あまり頑張りすぎて喉をつぶしても仕方ありませんし、お二人ともちょっと休憩ということで」
「わかりました、ではここで休んでますね」
「なんだー……、残念……」
「私は配信の確認へ戻りますので、時間になったらスタジオにいらしてください。デリバリーで食事も用意しますので」
「はい、お疲れ様です」
「いってらっしゃーい」
藤崎さんを見送ると入れ替わるように白波さんが入ってきて、まっすぐ僕たちのいるテーブルへ歩いてきた。
そして輝夜の横で立ち止まりにっこりと笑う。笑ってるのにちょっとだけ迫力がある。美人だからかなぁ。
「輝夜さん、コラボおめでとう」
「ありがとう、あんたのせいで随分遅くなっちゃったわ」
「その節は申し訳なかったね。私が先にコラボしちゃって、やらかしちゃったから」
「……そうね、あなたがやらかしたから」
「……私も飲み物を持ってこようかな」
「どうぞ、席はいっぱい空いてるし」
「ここにお邪魔させてもらおうかな」
「せっかく広いんだから別のところ使ったら?」
「一人だと寂しいじゃないか」
「あら、王子さまはずっと一人で配信してたじゃない!」
「ははは、輝夜姫は私のことに詳しいんだなぁ、光栄だよ。……飲み物とってくるから」
仲いいのかな、これ。
言葉はポンポン出てくるけど、なんだか緊張感があるのだけど。口を挟む隙が無い。
でも輝夜っていつも先頭で引っ張っていくタイプだから、こうして対等な立場で何かをする相手って今まであまりいなかった気がする。そう考えると、もしかしたら仲がいいのかもしれない。
白波さんの後姿を睨んでいる輝夜を見ると、そうは思えないけど。
無言の威圧をさらりと無視して、白波さんは椅子を引いてきて丸テーブルに飲み物をおいた。コーヒーの匂いがするけど、多分中身はミルクと砂糖たっぷりなんだろうと思う。
「余多君、さっきの配信の感触良かったね。チャンネル登録者もかなり増えていたみたいだよ」
「あ、そうなんですね! 後で確認しておきます」
「君たちが仲良く話しているのを見ていると、本当に姉弟なんだなって思うよ」
「ふふ、そうでしょそうでしょ。たまにはいいこと言うじゃない」
「うん、そうだね。輝夜さんはお姉ちゃんって呼ばれたいんだったかな。私も呼んでみようかな、お
「白波さんは輝夜より年上ですよね?」
「うん、ちょっとだけね。でもそう呼ばれたいみたいだから。
「絶対呼ぶな」
笑いながら話す白波さんだったが、突然地を這うような低い小さな声が聞こえてくる。
「ん、なんだい、お義姉さん」
「あんたは私のことをそう呼ぶなっていってんの! なんか別の意味がこもってそうで嫌なのよ! そもそも私があー君以外からそう呼ばれてもうれしくないって分かってて言ってるでしょ」
「なんだ、そうだったんだ。ま、いつかそのうちね」
「いつかそのうちって何よ」
「いつかそのうちはいつかそのうちだよね、余多君」
「え?」
「まぁ、今はいいんだけど。それで、コラボは解禁されたとみていいのかな?」
「あんたはなし」
「輝夜さんには聞いてないんだけど?」
「どうなんでしょうか。今回は予行練習みたいな感じで、本当に許可が出されるのは年明けな気がします」
「なるほど……。でも余多君も随分パソコンが操作できるようになってしまったからな。……あぁ、そうだ、一緒にお料理の配信とかしないかい? 手元だけ映してさ」
「別に構いませんが……。スタジオってお料理できる場所ありましたか?」
「ないね。私の家でいいんじゃないかな」
「駄目に決まってんでしょ。あんた自分のやらかしたこと覚えてないの?」
「…………いっそ高遠玲と水無月周は許婚だったって設定でどうだろうか?」
「それで満足してるなら国へ帰りなさいよあんた。設定破綻してるでしょ」
「……わかった。こちらで潜伏中に愛し合うようになったでどうだろうか? 恋は障害があるほど燃えるというじゃないか」
「恋より先にあんたとあー君のチャンネルが炎上するって言ってんのよ!」
……なんか白波さんってたまに変なことを言う。
まるで僕のことを好きであるかのような言い方をされ続けると、僕としても変に意識してしまう。
「あの白波さん、失礼なこと聞いてもいいですか?」
「うん、なんだろうか」
「本当に全然違ったら笑って忘れてくださいね」
「余多君がそういうのならそうするけど」
「…………あの、白波さんって僕のこと好きだったりしますか?」
「前に言ったと思うんだけどなぁ」
「はい、その、恋愛的なあれで……」
「……………………」
「あ、周との設定の話ですよね! すみません、気持ちの悪い話をして!」
沈黙。
違ったら忘れてくれていいのに、微妙な返事が戻ってきた。
白波さんの顔が見れない。白波さんならどうせ笑ってさらっと流してもらえると思ったのに、こんな反応になると思わなかった。
余計なことを聞いてしまった。
「何照れてんのよ!」
なんだか鈍い音がして、黙り込んでいる白波さんの体が揺れる。
顔を上げると輝夜が白波さんの肩を拳で軽くたたいていた。
ほんの少しだけ視線を上げると、白波さんの顔が視界に収まってしまう。
怒ってるのか、呆れてるのか。
いやだな、白波さんに幻滅されちゃってたら。
視界の端に見えた白波さんは頬を両手で押さえ、顔を少し赤くして目を泳がせている。
…………あれ?
「はぁ……あー君鈍感」
呆れた声を出したのは、白波さんではなく輝夜だった。
なにが、なんで、どうして?
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