ひとまず解散

「おい、余多、変なのがいるから部屋から出るなよ」


 美乃梨さんが僕を守るように前に出て、じりじりと後退する。

 これ、多分立場が逆だと思う……。


「美乃梨さん、二人とも僕の知り合いです……」

「……変な奴スタジオに連れてくるなよ」

「連れて来てないですよ……?」


 ガチャリと扉が開いて二人が横並びで部屋に入ってくる。狭い入り口をくっついて入ってくるのを見ると、もしかしたら仲がいいのかもしれない。


「あー君さー、いきなり変な配信してるから止めに来たんだけど、中覗いたら女の人いるし……」

「うん、私も同じなんだけれどね、そちらが焔日さんかな? はじめまして、私は白波、VTuverとして名前は高遠玲だよ、よろしくね」


 輝夜の言葉を遮るように話だした白波さんはつかつかと歩いてくる。そして、美乃梨さんを素通りして僕の方に来ようとして、行く手を遮られた。


「変な奴だな、いきなり入ってくるなよ。配信終わってなかったらどうするんだ」

「終わってるでしょ? だって私配信終了までちゃんと聞いてたもの」


 白波さんは指先でつんと、片耳のイヤホンをつついた。


「つーか、同じ箱とはいえ、コラボしたことあるわけでもないあたしがいるのに、勝手に入ってくるなんて非常識だろ。っつーか、お前ら、気づいてたんなら早く止めてやれよな」


 じろりと美乃梨さんが入ってきた二人を睨みつける。

 白波さんは笑顔で、輝夜はむっとした顔だ。


「だからこうして止めに来たんじゃない」

「だよね、君と同じことしたはずだけど?」

「あたしは、気づいてすぐに止めに入ったんだよ。お前らは、気づいてどこかから来たんだろ? なんでマネに電話して止めさせねぇんだよ」

「うっ」

「…………」


 言葉に詰まる輝夜と、笑顔で薄く目を開けたままそっと目をそらす白波さん。

 部屋の中に気まずい沈黙が流れたところで、また扉が開いて藤崎さんが入ってくる。


「……あの、皆さん何をされているんです? 特に輝夜さんと白波さんは、今日こちらに来る予定はなかったはずですが」

「あの、藤崎さん、すみません! 僕さっきまで間違えて配信をしてしまっていたみたいで……!」

「配信!? なんでそんなことに!」

「わ、わからないんですが……」

「何か問題はありましたか? 余多さんなら炎上するようなことは言ってないと思いますが、個人情報を漏らしたりとかは……?」

「なかったよ、ずっと聞いていたけど」

「そうね、なんかリスナーの名前覚えてただけみたいだし」

「あ、そうですか。……ふぅ、すみません、やはり離れるべきではなかったかもしれませんね。最後まで一緒にいるべきでした」

「いえ、僕が不注意だったばっかりに……」


 僕も藤崎さんも肩を落としていると、美乃梨さんが歩き出して外に出て扉を抑える。


「こんなとこに5人も集まって喋ってても仕方ねぇじゃん。外で座って話そうぜ」

「そうですね……、コーヒーでも入れましょう。ついてきてください」


 四人掛けのテーブルに一つ椅子を足して座ると、しばらくして藤崎さんがコーヒーを人数分持ってきてくれた。

 皆のは色が真っ黒だったが、僕の前にあるものだけ、ミルク色が非常に濃い。

 別にブラックでも飲めるんだけど、藤崎さんが気を使ってくれたみたいだ。どうもすごく小さな子みたいに思われている気がする。

 ……間違って配信はじめっちゃったりしてるから、否定はできないんだけど。


 誕生日席に座った藤崎さんが、コーヒーを啜ってから口を開く。


「とりあえず、事の経緯を聞きたいのですが……」

「間違って配信してるっぽかったから、あたしが止めに入った。焔日くー子、って名乗っちまったけど、本名ばれるよかいいだろ」

「はい、ありがとうございます。お二人は配信に気づいていらしたんですか?」

「まぁ、そうだけど」

「うん、そうだね」

「……なんで私にお電話くださらなかったんです? 二人とも私がスタジオにいることご存じでしたよね?」

「思いつかなかったんだよね」

「あ、そう、私もそう」


 多分違うんだけれど何をしに来たのかは今ひとつわからないままだ。

 しかし藤崎さんは何か察したらしく、二人を見てため息をついた。


「まぁ、後で問題がないかアーカイブを見直しておきます」

「すみません」

「まぁ大丈夫でしょう。ええと……、なんだかチャンネル登録者もずいぶん増えているようですし」

「最後同接3万人以上いたからな」

「3万かー、なんかイベントごととかある時の人数だよね。やっぱあー君は人気出ると思ったんだよ」

「それは、結構な人数ですね。今回のことも含めて、次回の配信について考えてみます」


 皆がコーヒーを啜る中、白波さんのコーヒーだけは手が付けられていない。

 僕はこっそりと、自分のと白波さんのものを交換した。

 白波さんの表情が柔らかくなった。「ありがと」とささやく声が聞こえてきたので、僕も小さくうなずいておく。


 白波さんはかっこいいけど苦いものや辛いものは苦手なのだ。毎週ご飯を作ってるから、食の好みはよく知ってる。


「ところで、私は余多君と初コラボをする約束をしていたわけだが……。今回先を越されてしまったということになるね」

「あんなのコラボに入らねぇだろ」

「だから! 早急にコラボをさせてもらいたい。なんなら次回にでもだ。これ以上手をこまねいていて、横入りされてはかなわない」

「横入り? ……ああ、そういうことか。お前らが来た理由がわかったぞ」


 腕を組んだ美乃梨さんが、椅子の上に踏ん反りがえって、二人を順番に、を呆れたように見る。

 どうやら僕だけがその理由を理解していないようだ。


「あー! 帰ろうかな、私! ね、あー君も帰ろうね、もう遅いし!」


 急に立ち上がった輝夜が大きな声を出した。

 時計を見ると、確かにもう22時半だ。帰らないとすごく遅くなってしまう。


「そうですね、話はまた後日に。コラボの話は次回までに考えて連絡いたします」

「……そんじゃあたしも帰るか。余多、駅まで行こうぜ」

「え”、一緒に帰るの?」

「帰るために待ってたんだろ当然だろ」


 輝夜がささっと近くへ寄ってきて僕の耳元で内緒話をする。


「あー君、もしかしてこのなんかその、ヤンキーっぽい人と友達なの?」

「うん、美乃梨さんいい人だよ」

「あ、そー、で、白波さんも知り合いなの?」

「うん、白波さんもいい人だよ」

「……あー君さぁ、駄目だよ、誰もホイホイ信用してついていったら。心配だよ、お姉ちゃんは」


 別に誰でも信用しているわけではないんだけどな。

 わざわざ『お姉ちゃんは』と言った輝夜は、なぜか得意げな顔で二人の方を見ていた。


====

間違えて更新しちゃった……。

これは10/12分!

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