来週には
「見てみ、会心のできやで。ふわっとしたかわいらしさは出しつつも、根本的にまじめな雰囲気が伝わるよう衣装はぴったりかっきりや! 輝夜はかなり気崩しておしゃれにしとるからな、これで差別化図れるやろ。余多君は声が高いから、お姉さまお兄様がそのかちっとした服の下を思わず見て見たいと思えるような……」
色が付いた。
表情がいくつか用意されている。
装飾は多くないけれど清潔感のある和服は白と紺色でまとめられている。
説明がするすると頭に入ってくると、くしゃみママが僕をイメージしてこの子を描いてくれたことがはっきりと分かった。
「……なるほど、いいですね。私からは何も言うことがありません。余多さんはどうです?」
「すごく、いいものだと思います。ありがとうございます」
「お、すんなりいったな。結構お喋りさせてもらったからな、イメージはばっちりやった。気に入ってもらえたんなら、このまま作業進めよか。最初っから3Dってわけやないやろ?」
「ええ、そうですね」
「ほなら、土曜日までに間に合わせたるわ。ほんで来週の水曜日にデビューでどや!」
「かなりのハードスケジュールじゃないですか?」
「いけるいける、今乗ってるんや」
「余多さんはいかがです?」
あまりにとんとん拍子に話が進んでいく。
「俺も頑張るんやし、余多君もいけるよなぁ?」
笑って挑発するような言い方だったけど、僕にとっては背中を押してもらうような一言だった。
「頑張ります! 何をしたらいいかわかりませんが頑張ります!」
「よっしゃ、それでこそや!」
「……まぁ、本人のやる気があるようなのでよしとしましょうか。では白春さん、よろしくお願いします」
「まかせときー」
ピロンと音がしてくしゃみママの言葉が聞こえなくなった。多分電話が切れる音だったのかな。
「さて、それでは簡単にプロフィールも決めていきましょうか」
藤崎さんがパソコンを操作して、以前輝夜のパソコンで見た女の子を表示させる。名前が水無月輝夜となっているので、きっとこれが輝夜のVTuverとしての姿なんだ。
輝夜の着こなしを見てみると、
「プロフィールができたら、先ほど白春さんから預かったものをシルエットに加工して、名前を隠してページを公開しましょう」
「公開、というのは、みんなに見られるようになるってことですよね」
「はい、そういうことになります。余多さんのスマホからでも見られますよ?」
「そうなんですか? 僕、スマホでインターネット使ったことないんですが……」
「……はい?」
「どこで見るんでしょう?」
「……ちょっと待ってくださいね、どうなんでしょう? 契約のプランとかもありますから、下手に見ないほうがいいかもしれません。家にパソコンは……」
「ないです」
「そうですよね、そうだと思いました。……まぁ、どちらにせよセッティングからしなければいけませんから、配信はスタジオでやってもらいますし、大丈夫です」
大丈夫かな。
なんだか藤崎さんが自分に言い聞かせるように話しているようにも見える。
藤崎さんは沈黙してしばらく、「あの……」と遠慮がちに僕に話しかける。
「VTuverが配信する姿って見たことあります……よね?」
「……あの……、すみません」
「……いえ、大丈夫です。心配しないでください、私がちゃんとサポートしますので。このままいきましょう、もうこのまま突っ走ると決めましたので」
「だ、大丈夫ですか? 僕、勉強ならしますけど……」
「いえ、このままいくんです。コンセプトに寄り添いましょう! ……えーっと、VTuverの勉強だけちょっとしておきましょうか。余多さんはどんな認識を持っていますか?」
「配信は……、テレビの生放送みたいなものですよね? テーマに沿って話をしてみたり、ゲームをしたりするのを見たり聞いたりしてもらう。VTuverはその中でも、仮想の姿を画面に映して、表情とかをわかりやすくしている、みたいな感じでしょうか?」
輝夜に聞いた大まかな話だとこんなところだ。
普段からパソコンを使わない僕は、インターネットがなんとなく怖かったり楽しかったりする場だということだけは理解している。素顔を出したりするのは怖いけれど、VTuverなら、という気持ちがあった。
わざわざ椅子の向きを変えて僕の方を向いた藤崎さんは、少し考えてから言葉を選ぶようにして答えてくれる。
「VTuverのマネージャーをするものとして、軽く私見を述べておきます」
きっと真面目な話だ。僕も正面から向き合うと、藤崎さんは穏やかに微笑んでくれた。
「VTuverというのは、人の生活に潤いを与えるものです。潤いというのは、娯楽であったり、憧れであったり、あるいは癒しであったりします。わかりますか?」
輝夜のところに遊びに来て沢山文字、コメントを残している人たちはみんな楽しそうだった。輝夜もそれを見て楽しそうにおしゃべりをしていた。
僕はあの関係が友人のように見えたけれど、あれもまた、娯楽や癒しの一つなのかもしれない。そう考えると藤崎さんの言っていることはなんとなくわかる。
「例えば、テレビに出ている芸能人には、リアルタイムで思ったことがあっても、それを伝えることが難しいです。でも配信、特にリアルタイム配信を多くするVTuverは違います。一期一会、その時にコメントをくれた人と、VTuverが一緒になってその時間を作っていくんです」
僕の理解が追い付いているのか確認するように目を合わせられる。
わかる、ような気がする。気がするだけだけど。
「……僕だけが勝手に頑張るんじゃないってことですか?」
「はい、そんな意味もあります」
とりあえずのところ及第点だったのか、藤崎さんがまた笑ってくれる。
真面目で大人っぽい藤崎さんだけど、笑うとすごく優しそうに見える。僕はちょっとだけ関係ないことを考えてから、次の言葉が来るのをじっと待っていた。
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