ぼちぼちな発信
あれから一か月がたった。
パソコンの操作も結構上達してきた、と思う、多分。
藤崎さんが当初想定していた通り、リスナーの人たちにパソコンの操作を教えてもらいながら雑談を繰り返している。
最近では一本指でキーボードを押していることがばれて、リスナーの皆に矯正されているところだ。
藤崎さんもちょっとは安心してくれたのか、最近は横にいることもなくなった。一人前とはいかないまでも、一歩前進できたんだと思う。
コメントに教えてもらったのだけれど、チャンネル登録者数も少し前に5万人を超えたのだとか。僕がなんとなく名前を憶えている人は数百人程度。登録してくれた人がみんなコメントをくれるわけじゃないみたいだ。
僕の配信はそのまま動画といて残っているらしく、そちらも結構見てくれている人がいるのだそうだ。
仕組みはよくわからないけれど、収益化というものもあるらしく、そのうちその話も藤崎さんから教えてくれると言っていた。
ところで、最初の件以来白波さんとコラボをしていない。当然輝夜とも、美乃梨さんとも、くしゃみママともだ。
その間に白波さんは『リベルタス』に所属している人たちとコラボを繰り返しているらしい。スタジオで女の子たちが、白波さんにくっついて回っているのを見かけることがあった。多分、あの人たちもここのタレントさんなんだと思う。
今まで見たことがなかったので、もしかしたら新しくデビューした子たちなのかもしれない。
なぜだか挨拶をしても無視されてしまうことがあるのがちょっと悲しい。
何か悪いことでもしたかなぁ……。
ちなみに今日はタイピングをすることで寿司を食べていくゲームをして、はじめて値段相応のお寿司を食べられた。後はいつも通りみんなのコメントを見ながらのんびり雑談。
料理のコツを話してみたり、仕事で失敗した人を慰めてみたりしている。僕自身は人生経験が豊富なわけではないから、コメントしてくれる人たちと協力しながらだけど。
おかげで僕の人生では起こりえないような事もたくさん聞くことができた。
会社に三日も寝ないで働いているとコメントをくれた人には、何をどう言っていいのかわからなくて困ってしまった。とりあえずちょっとだけ寝てもらって、放送の終わりに少し大きな声を出して起きてもらった。
対応があれでよかったのかは今でもちょっと分からない。
なんにしても今の僕は毎日充実している。
こんな機会をくれた皆には感謝ばかりだ。
◇◇◇
「……しつこいんですよ、アンチが」
「なんや? 別にええやんか、当人が気にしてへんのやから」
「いえ、良くありません。すでに白波さんの件はほぼあやふやになっていて、むしろ活動範囲が広がったことを彼女のファンの多くは喜んでいるはずです。だというのに、いつまでたっても余多さんのアンチが消えないんですよ」
カツカツとキーボードを強く叩きつけながら話すのは藤崎だ。いつもの小会議室で白春と話をしている。互いにノートパソコンから顔を上げずに、器用に会話していた。
「んなことより、デビューした三人娘どうなん?」
「順調ですよ。きちんと選別した子たちですし、デビュー前にレッスンも受けてもらっています。これ以前のデビュー組とは違って、コラボの際に気を付けるべきことも、最後にしっかり詰め込んでおきました」
「ふーん、力入れてるんやね。余多君の世話しながらなのに、ようやるやん」
「余多さんのは、ほぼ私的な仕事です。あの子たちはきっちり仕事としてやらせていただいてますから。……もうひと伸び、そろそろ10万人いってもおかしくないポンテンシャルはあると思うんですが……」
「それなんやないかなぁ」
白春はちらっと視線だけを上げて藤崎の様子をうかがう。
白春から見ても藤崎は、新人3人娘に対して仕事として完璧な対応をしている。
ただ、熱の入れ方はどうも余多の方に偏っているように見えた。
「なんですか?」
「いや、なんも」
罪作りな少年だと、思いつつ、白春はそれを指摘しない。なぜなら白春は飽くまでイラストレーターでありタレントであって、プロデュースに関しては素人だと思っているからだ。
勝手のわからないことに口を出してもろくなことはない。大人な白春はそう割り切って再びパソコン画面に視線を落とした。
外から見ればわかることだが、内側にいると見えてこないこともある。
これはきっとその典型なんだと白春は思う。
白春にしてみれば余多、もとい周はかわいい自分の息子だ。
自分もノリノリで準備をしたけれど、それは飽くまで依頼をされたからだ。
余多の人間性を知らなくたって、白春はよほど気に食わない内容でなければ、依頼されれば仕事はこなす。
オーディションに落ちたもの。
そしてオーディションを勝ち抜き、レッスンをし、いざデビュー、というタイミングで横入りされた三人娘。
それらが余多にどうしていい感情を持とうか。
余多がどんなにいい人間だろうと『ずるをしている』という嫉妬の感情は長く付きまとうことになるだろう。
長い目で見ればそのうち何とかなると、白春は楽観視しているが、それまでの不和や伸び悩みは仕方のないことだと割り切ってもいる。
どうやら手をかけた分ひいき目になっている藤崎には、それが理解できないようであった。
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