忘れられる時間
「━━き、緋月!」
バイト中、柚木に声をかけられてハッとする。
「っ、ゆ、柚木?どうしたんだ?」
柚木の顔は不安そうに歪んでいる。
「ねぇ…何かあったの?」
その表情からは俺のことを本気で心配していると言うことが分かる。なんで俺はまた柚木にこんな表情をさせているんだ?
「いや、別になにも…」
「…また言ってくれないの?ねぇ…」
ダメだ。柚木にこんな顔させていいはずがない。それに何回も言われたじゃないか。困ったことがあるなら相談してくれと。
「…バイトが終わったら話を…聞いてくれるか?」
「うん。聞く。聞くよ」
柚木は強い意志の宿った目で俺を見つめながらそう言ってくれた。なんで柚木はこんな俺を助けてくれるんだ。どうしていつも俺の心の支えになってくれるだ。俺みたいなヤツ、放っておけばいいのに…
そんなネガティブな思考のままバイトを終えて俺たちは帰り道の途中にある公園のベンチに腰掛けていた。
「ねぇ、どうして…どうしてまたあの時みたいな顔してるの?そんな…全てを諦めたような目をしてるの?」
柚木はこちらを伺いながらそう言ってくる。
「柚木…」
「…なに?」
「柚木の言う通りだったよ。俺の父さんは普通じゃなかった。全部俺に任せてたんだ。あの2人との関係も分かってたのに助けてくれなかった」
「…」
柚木は何も言わない。でも俺は話すことを辞めない。
「俺なら何とかすると思ってたらしい。笑えるよな。俺は今まで父さんは俺の事を考えてくれていると思ってた。でもそうじゃなかった。父さんは俺の事を考えてくれてたんじゃない!父さんは俺に面倒事を押し付けてたんだ!信じてたのに!父さんは俺のことを助けてくれるって、そう信じてたのに!俺は…俺は一体…っ!」
今にも泣きそうになる俺を柚木は勢いよく抱きしめた。
「もういい!もういいんだよ緋月…っ。ごめん。ごめんね。緋月がそんなに傷ついていることに気づいてあげられなくて。気づいていた気で居た私を許して。本当に…ごめんなさい」
柚木は目尻に涙を浮かべていた。なんで…なんで柚木が謝るんだよ…どうして…どうしていつも俺のことを分かろうとしてくれんだよ…意味わかんねぇよ…
「緋月。私と、私と2人で暮らそう」
「…でも…まだお金が…」
バイトをしていると言ってもまだアパートで安定して暮らしていけるほどお金が溜まっているわけじゃない。そんな状態でアパートに入居したら俺だけじゃなく柚木にまで迷惑をかけてしまう。
「大丈夫。お父さんとお母さんが支援してくれるから」
「そ、そんなこと!」
「いいんだって!車の中でお父さんも言ってたでしょ?困ったことがあったらなんでも頼ってって」
「起きてたのか…」
あの時、寝ていたと思っていたが柚木は起きていたようだ。
「でも…やっぱりそこまで頼る訳には…」
「なら!お金が貯まるまで私の家で一緒に暮らそうよ!それならそんなにお金もかからないよ!」
「…いいのか?俺なんかが柚木の幸せな家族に入って」
俺みたいな異物が柚木の幸せで完璧な家族の中に入ってしまったら柚木の家族が壊れてしまうんじゃないのか?俺の家族みたいに。もうそんなのは耐えられない。俺のせいで家族が壊れるなんてあってはいけないことなんだ。
「なんかじゃないよ。私は緋月だからいいって言ってるの。緋月以外が私の家族の中に入ってくるなんて考えられないしね」
柚木は少し頬を赤らめながらそう言ってくれた。
「…本当に、いいのか?」
「緋月、しつこいよ」
怒られてしまった。でもその叱責は俺の決断を固めるものであった。
「…分かった。柚木の両親がいいのなら俺に連絡してくれ」
「もう答えは分かりきってるけどね」
俺たちは夕暮れの紅い太陽が照らす公園でお互いの顔を見合った。
「柚木…本当にいつもありがとう」
「そんな水臭いこと言わないでよ。私たちは」
「幼馴染なんだから、だろ?」
「もー」
あぁ、やっぱり柚木といる時間は全てを忘れることが出来る。俺は柚木のことが……あ、れ?俺は…柚木のことが好き…なのか?
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