家族じゃなかったの?(雅視点)

「私たち、あんたのこと家族だなんて思わないから」


私は今日から弟になる人物にそう冷たく言い放っていた。言われたそいつは無理やり笑顔を作っている。


どうして私がそんなことを言ったのかと言われるとそれは私たちの父親が関係してくる。


どうせ男なんてみんなあいつと同じなんだ。


私たちの父親はお母さんと言う人がいながら他の女の人と浮気していた。しかも浮気相手の女の人と子供まで作っていた。私たちに知らず知らずの内に血縁者が増えていたのだ。それがたまらなく気持ち悪かった。だから新しく増える家族と言うものに嫌悪感を覚え直接関係の無いこいつにもそんなことを言った。


自分でも八つ当たりだと分かっている。分かってはいるがこの感情をどうにかできるほど私は大人ではなかった。


1度強く突き放したらもう話しかけてくることはないだろうと思っていた。


だが違った。あの男はしつこく私たちに話しかけてきた。それこそ鬱陶しいと感じるほどに。だから私はもう一度強く突き放した。


「はぁ…なんで母さん。こんなのが居る人と結婚したんだろ…」


私は口に出した瞬間、やってしまったと思った。ここまで言うつもりはなかった。こんなことを言ったらこいつやその父親まで否定してしまうことになる。だが1度言った言葉を取り消す気にはなれなかった。


「お前らっ…」


当然目の前の男は激昂している。だがその言葉の後に続く言葉を吐くことはなかった。


「は?何?なんか文句ある?」


私はまたもそんな言葉を放つ。どうして?どうしてその続きを言わないの?


「すみません。なんでもありません」


どうしてそんなにあなたは大人なの?こいつを見ていると自分の小ささを思い知らされるようでそれも嫌だった。こんな気持ちになるならいっそ口汚く罵られた方が楽だった。なのに、なのになんで…なんでこいつはこんなにも大人なんだろう。


あいつの顔がみるみると疲れていっているのがわかる。当然そんな負荷をかけたのは私たちだ。でもあいつは家事を辞めない。それが自分の使命であるかのように。私たちは家事すら出来ない。もう大学生にもなるのに。やっぱりそんな自分が惨めに思えてしまって仕方ない。


その日、いつも通り家に帰るとあいつがソファーに座っていた。いつも私が帰ってくると必ずおかえりなさいと言っていたあいつが何もいってこない。…なんで何も言ってこないのよ。


私はそんなことを思いながらソファーを覗いた。するとそこには疲れた表情で眠っているあいつが居た。


「…何寝てんのよ」


私は何故かそんな言葉しか言えなかった。こいつがこんなに疲れてるのは私たちのせいなのに。私はタオルケットを持ってきてこいつに被せた。…こいつは、私たちの父親とは違うような気がする。こいつは私たちとの仲をどうやったら縮められるか考えている。…少し話してみてもいいかもしれない。


そう思った日からもあいつはずっと声をかけてきた。1週間、1ヶ月。ずっと声をかけてくる。その度に私は話してみてもいいかもしれないと思いながらも冷たい態度しかとれなかった。どうして?ちょっと素直になるだけでしょ?どうしてそれが出来ないの?最初にあんな態度をとったから?だからもう引っ込みがつかないの?


1ヶ月が経った頃からあいつは私たちに話しかける回数が減ってきた。どうしよう。早く話さないと。そうは思っているがどうしても素直になれない。


そして2ヶ月が経って夏休みが始まってしまった。夏休みが始まる前日にお母さんとお父さんが私たち3人を呼び出した。夫婦で海外旅行に行きたいのだと言う。私はこれはチャンスだと思った。親が居ないのなら取り繕う必要が無い。これならあいつと少しは話せるかもしれない。だから私は行っておいでよと言った。少しでも現状が変わることを期待して。


そして夏休み初日、両親は海外旅行に行き、家には私たち3人だけが残った。初日から私は現状をどうにかしようと考えていた。


「…あんた何してんの?」


自分の部屋から出た私はリビングに向かった。そこで私は開口一番そう言った。リビングには既にあいつが居て…何故か制服を着ている。今日から夏休みなのに。


「何してんの…って、学校へ行く準備をしてるんですけど…」


あいつがそっちこそ何言ってんだ?みたいな顔で見てくる。いやいや、おかしいのはあんたでしょ。


「あんた今日から夏休みじゃないの?だからお母さんとお父さんが海外旅行に行ったんでしょ?」


私がそう言うとあいつは思い出したような表情をしながら制服を脱ぎ始めた。


「ちょっ」


目の前で服を脱ぎ始めたあいつに私は赤面してしまった。だって年頃の男の裸なんて見たことなかったし。でもそれ以上に私は気になったことがあった。あいつってこんなに細かったっけ?実際に裸を見たのはこれが初めだったが2ヶ月前はこんなに細くなかったはずだ。やっぱり私たちのせい?


そんなことを考えているとあいつは既に居なくなっていた。あ、朝ごはんどうしよう…


それからちょっとして杏寿菜が起きてきた。


「おはよう」

「おはよう。お姉ちゃん」


杏寿菜と私は本当に仲がいい。再婚する前の父親がいた時は喧嘩なんかもしたことがあったが、その父親が浮気をしていると分かった時から私たちは喧嘩をすることが無くなった。きっと変な連帯感が生まれていたんだと思う。


きっと杏寿菜もあいつが体調が悪そうなことに気づいている。それでも何も言えないのは私と同じ理由だと思う。


次にあいつがリビングに来たのは12時を少し過ぎた頃だった。あいつはおもむろにフライパンを取り出し何かを作り出した。そこで私はあることを考えた。あいつの作った料理を食べて素直に感想を言えば少しは距離が縮まるのではないか?と言う考えだった。


だがあいつが持ってきたのは1人分しかなかった。


あいつはそれを気にしていないかのようにチャーハンを食べ始めた。


「…ねぇ、私たちご飯無いんだけど」

「だけど」


私と杏寿菜はこいつにそう言った。おかしい。前までのこいつなら頼んでなくても勝手に作っていたはずだ。


「…そりゃあ1人分しか作ってないですからね」


目の前のこいつは元気無くそう言った。


「私たちの分作ってよ」

「てよ」


そうしてくれないと私の計画がどうにもならない。きっとこいつなら嫌々でも作ってくれる。私はそう確信にも近い気持ちを抱いていた。だがこいつから帰ってきたのは予想外の言葉だった。


「…どうして俺が作らないといけないんですか?」


そんな答え想定外だった。


「ど、どうしてって…そ、そんなの家族にご飯を作るのなんて当たり前でしょ?」

「でしょ?」


少し頭が混乱していた私は思ったことをそのまま口に出した。


「家族なんですか?俺たちって」

「な、何言ってんの?当たり前でしょ?」

「でしょ?」


何を言っているのだろう。そんなの当たり前だ。苗字だって同じだし、一緒の場所に住んでいる。これを家族と言わないでなんと言うのか。


「え、家族じゃないんですよね?」


だがこいつはそんなことを言った。


「は?な、なんでそうなるのよ」

「のよ」


やはり頭が混乱している。こいつはそんなことを言うようなやつじゃない。


「だってあなた達初めて会った時に俺に言ってきたじゃないですか。私たち、あんたのこと家族だなんて思わないから、私に話しかけないでください、って」


そう言われた瞬間、私は心臓をわしづかみにされたような感覚に陥った。


「そ、それは…」

「…」


続く言葉が出てこない。


「い、いつまでもそんなこと気にしてるんじゃないわよ」

「わよ」


過去になんて身を向けないで未来に目を向けよう。そう言ったつもりだった。それがいけなかったのかな。


「はっ、ははは!もういい、よくわかった。俺はお前らのことなんて家族だと思ってない。だから俺にはもう話しかけないでくれ。頼む。俺に関わらないでくれ。もう限界なんだよ。お前らのその顔見るのは。その声を聞くのは」


急に笑いだしそんなことを言い出した。それはお願いと言うより懇願だった。


「都合のいい時だけ家族ヅラしやがって。自己中にも程があるだろ。大学生と高校生にもなって何も出来ないのかよ。この先生きていけないぞ?まぁもう俺には関係の無いことだけどな。父さんと母さんの前以外で俺に話しかけてくるなよ。ほんとに頼むから」


あいつはそう言い切った。そして私は悟った。もうダメなんだと。


「…あの」


私は何を言ったらいいのか分からないが声をかけていた。だがあいつは私に見向きもせず自分の部屋に戻って行った。


どうして?私たちは家族じゃなかったの?






あ、私、1回でもあいつのこと名前で呼んだことあったっけ?

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