同調(杏寿菜視点)

私は父親に裏切られた時から男の人と話すことが極端に苦手になった。それこそ男の人を前にすると固まって何も出来なくなるくらいに。


だから私はお姉ちゃんに同調、いや依存に近いかもしれない程頼るようになった。そうすれば私は話さなくていいから。そうすれば楽だから。


でも母さんは再婚した。私の苦手のする男の人と再婚した。でも私はそれでも良かった。私たち姉妹を女手1つで育ててくれた母さんが幸せになれないなんてそんなの許せないから。


ただ1つ誤算があったのだとしたらそれは相手の男性に息子が居たことだった。新しい父親でもしんどいのに息子がいるなんて私には耐えられない。だから最初にない勇気を振り絞って


「…私に話しかけないでください」


と言った。緋月君は顔が引きつっていた。当たり前だろう。初対面の相手にそんなことを言われたのだから。


心苦しかったがこれで関わらなくても良くなるのからそれで良かった。でも緋月君は私たちに話しかけ続けた。


最初は直ぐに諦めるだろうと思っていた。それなのにずっと、ずっと話しかけてくる。私がどんなに無視しても明るい声を出しながら笑顔で話しかけてくる。そんな人初めだった。


今まで私に話しかけてきた人は少し話しかけて相手にされないと分かったら直ぐに離れて行った。今回もそうなのだと思っていた。思っていたのに…どうしてこの人はずっと話しかけてくるのだろう。


そんなことしないで欲しい。私はあなたを無視している立場なのに。あなたに話しかけてもらうような人間じゃないのに。どうして諦めてくれないの?そんなことされたら私がどれほどダメな人間なのかを見せつけられているような感覚に陥ってしまう。


それにあなたは家族のためになんでもやってしまう。リビングに掃除機を掛け、皿洗いをして風呂掃除までしてしまう。私たちお母さんに何かしてあげたことあったっけ?そんなの考えてみても出てこない。


私が無視してお姉ちゃんがキツい言葉を投げかける。そんなことをしていたせいか緋月君の顔がどんどんくたびれていく。当然だ。こんな家にいるのだから。でも私は無視を辞められないしお姉ちゃんもキツい言葉を投げかけるのを辞めない。


そんなことを1ヶ月程続けているとずっと話しかけ続けてくれていた緋月君が私たちに言葉を投げかける回数が減っていった。


私はなぜだか焦った。何故焦っているのかは自分でも分からないが、とにかく話しかけられなくなるのはダメ…嫌だと思った。


そんな矢先、両親が海外旅行に行くと言い出した。私はこれはチャンスだと思った。親が居ないのならきっと本心で話せるはずだ。きっと、きっと私から話しかけてみせる。


きっと私はこの時気づいていた。気づいていたのにそれに気づいていない振りをした。緋月君が何かを諦めたかのような表情になっているのを。


夏休み初日、私は目覚めてリビングに向かった。両親は既に海外旅行に向かっていて家には居なかった。リビングに居るのはお姉ちゃんだけで緋月君はいなかった。まだ寝てるのかな?


「おはよう」

「おはよう。お姉ちゃん」


お姉ちゃんが挨拶をしてきたので私もそれに返す。女の人だけなら固まることは無い。でもどうしても男の人だと固まってしまう。


緋月君には少し申し訳ないけど楽だと思ってしまうのも正直な気持ちだ。


12時を少し過ぎた頃、緋月君が起きてきた。緋月君が挨拶してきたら挨拶を返そう。私はそう思い挨拶を待っていた。待っていたのだが一向に緋月君は挨拶をしてくれなかった。おかしい。今までその日初めて会った時に挨拶をしてくれていた緋月君が挨拶をしてくれなかった。私はそれに不満を覚えた。どうして挨拶してくれないのだろう、と。


緋月君は結局私たちに挨拶することなくご飯を作り始めた。私たちの分も作ってくれるのかな?そんな期待が少しだけあった。でも緋月君が持ってきたチャーハンは明らかに1人分しかなかった。


そんなことを考えている私になんて全く気づいていない様子で緋月君はご飯を食べ始めた。


「…ねぇ、私たちご飯無いんだけど」


お姉ちゃんがそう言った。


「だけど」


だから私もそう言った。そうすれば楽だから。自分から話すという目標を忘れてそう言った。


「…そりゃあ1人分しか作ってないですからね」


当たり前だ。今まで散々な対応をしていた私たちに作ってくれるはずなんて無い。そんな当たり前のことを私は疑っていた。どうして作ってくれなかったんだろう、と。


「私たちの分作ってよ」

「てよ」


私はまた同調する。自分で考えない方が楽だから。自分の責任が少なくなるから。


「…どうして俺が作らないといけないんですか?」


しんどそうに緋月君はそう言った。


「ど、どうしてって…そ、そんなの家族にご飯を作るのなんて当たり前でしょ?」

「でしょ?」


この時私はお姉ちゃんの発言に対して疑問を抱いた。そんなこと言って許されるの?と。でも私はお姉ちゃんに同調しているだけ。だってそんなことを言ってお姉ちゃんと喧嘩したくないから。


「家族なんですか?俺たちって」

「な、何言ってんの?当たり前でしょ?」

「でしょ?」


分からない。私たちって家族なの?


「え、家族じゃないんですよね?」

「は?な、なんでそうなるのよ」

「のよ」


同調。私はただ同調する。


「だってあなた達初めて会った時に俺に言ってきたじゃないですか。私たち、あんたのこと家族だなんて思わないから、私に話しかけないでください、って」

「そ、それは…」

「…」


違う。それは男の人が苦手だから。そう言いたかった。でもお姉ちゃんが何も言っていないから私は黙った。同調出来ないから。全ての責任が私にあるようになるから。


「い、いつまでもそんなこと気にしてるんじゃないわよ」

「わよ」


違う。気にするに決まっている。でもお姉ちゃんが…


「はっ、ははは!もういい、よくわかった。俺はお前らのことなんて家族だと思ってない。だから俺にはもう話しかけないでくれ。頼む。俺に関わらないでくれ。もう限界なんだよ。お前らのその顔見るのは。その声を聞くのは」


突然緋月君がそんなことを言った。私は何を言われているのか分からなかった。これがいつも私たちに話しかけてくれた緋月?どうしてそんなことを言うの?


「都合のいい時だけ家族ヅラしやがって。自己中にも程があるだろ。大学生と高校生にもなって何も出来ないのかよ。この先生きていけないぞ?まぁもう俺には関係の無いことだけどな。父さんと母さんの前以外で俺に話しかけてくるなよ。ほんとに頼むから」


いや違う。緋月君をこんなふうにしたのは私たちだ。


言い終えた緋月君にお姉ちゃんが声をかける。


「…あの」


でも緋月君は1度もこちらを見ることなく自分の部屋に戻って行ってしまった。


この時、私が声をかけていたら何か変わったのかな?…いや、きっと何も変わらなかった。結局私はいつまで経っても変わっていない。変わろうとしていない。そんな私が家族になろうだなんて





おこがましい。

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