あなたは今幸せ?

あの日、感情が爆発した日からどれくらい経っただろう。1日?3日?それとも1週間?分からない。だがあれ以降あの姉妹との会話は1度もなかった。なかったが特に困ることはなかった。


夏休みの間この生活が惰性で続くのだと思っていた。そんな日々に変化を与えたのはある訪問者だった。


ある日、玄関のチャイムが鳴らされた。誰も出ない。


「…はぁ」


俺はため息を吐きながらも玄関に向かった。誰だ?あいにく俺には心当たりがない。郵便か?


そんなことをぼんやりと思いながら玄関を開ける。


「はーい…」


気だるげに声を出しながら扉の先に居た人物を確認する。そこにはよく見知った顔があった。


「柚木…」


そこには幼馴染の柚木が立っていた。


「…どうしたんだよ」


久しぶりに見た友人にそんなことしか言えない自分に腹がたったがもうどうでもよかった。


「…やっぱり困ってるんじゃん」


そう言われても俺は何も言わない。


「顔色、悪いよ」

「…うるせぇよ」


あぁ、こんなことを言いたいわけじゃない。ましてや被害者ヅラしたい訳でもない。でも俺の放つ言葉には棘がある。もう放っておいてくれ。お前にこんなことを言いたいわけじゃないんだ。これ以上俺を醜くしないでくれ。


「家上げてもらうよ」

「え?ちょ…」


俺の静止をものともせず柚木はズカズカと家に上がり込んでくる。


小さい時の柚木はこんな感じだった。何故か今そんな昔のことを思い出していた。


柚木はそのまま一直線にリビングに向かった。柚木は俺の家によく遊びに来ていたから俺の家のことをよく知っている。


「お、おい待てよ!」


やはり柚木は俺の静止を受け入れない。


柚木は勢いよくリビングの扉を開くと中に向かって叫んだ。


「あなた達が新しく出来た緋月の家族ですか?!」


あまりに必死の形相をしている柚木を見た姉妹は気圧されながらも答える。


「そ、そうだけど…あなたは誰?」

「誰?」


それに柚木は答える。


「私は緋月の幼馴染の美鷺 柚木です!ちょっといいですか」


柚木からはいつものようなふざけた雰囲気は出ていない。どちらかと言うと怒りのような感情が見え隠れしている。


「な、何?」

「何?」


それから柚木はワンテンポ置いてから


「あなた達ですか?緋月を追い詰めているのは」


柚木は静かにそう言った。やはりその言葉には怒気が含まれていた。柚木は静かに怒っていた。


「わ、私たちは別に追い詰めてなんて居ないわよ」

「居ないわよ」


…まぁそうだよな。俺が勝手に追い詰められてただけだ。この人たちは関係ない。


「あなた達っ…」

「いいんだ柚木。この人たちの言ってる通りだ。別に俺は2人に追い詰められてたわけじゃない。俺1人で勝手に追い詰められてたんだ。だから柚木、心配しなくてもいい」


俺は無い元気でくしゃりと笑顔を作る。


「また、またその顔するの?私に何も相談してくれないの?」

「柚木…」


柚木の目尻には涙が溜まっていた。どうして俺は柚木を悲しませてしまうのだろう。決まってる。柚木に心配させたからだ。でも柚木には俺たち家族のことを気にしないで欲しい。いつも通り能天気でお気楽な柚木でいて欲しいのだ。


「…ねぇ、緋月。今、幸せ?」

「…」


そんな柚木の問いに俺は答えることが出来ない。なんと答えるのが正解なのか分からない。


「緋月がお母さんを亡くしてどんなにしんどい思いをしたのか私は知ってる。だから緋月が家族を壊したくないと思っていることも理解出来る。でもその家族には緋月も含まれてなきゃダメなんだよ?」

「…」


俺は俺以外の家族が楽しそうならそれでいいんだ。家族を失うことはとても辛いことだ。それこそ何も手につかなくなってしまう程に。放心状態になってしまう程に。俺はもうそんな家族見たくない。


「…この際言わせてもらうけど緋月のお父さん、ちょっと緋月に頼りすぎだと思う」

「お、お前っ!父さんのことを悪く言うなよ!」


俺はそれだけは許せなかった。父さんがどれだけしんどい思いをしたのか俺はこの目で見てきた。だから父さんを悪く言われるようなことだけは…


「緋月!目を覚まして!おかしいよ…家のことを全部子供に押し付ける親なんて普通おかしいんだよ!」

「…」


なんだか今の柚木は俺より切羽詰まったような感じがする。


「…ねぇ、緋月。今、幸せ?」


柚木は先程と同じ質問を一言一句違わずにしてきた。


「…俺、は。俺…は…幸せ、じゃない…。俺は今、幸せじゃない。辛い。辛いんだよ。この家族を壊さないようにしよう。姉妹と仲良くなろう。ずっとそう思ってやってきた。でも誰も俺を助けてくれない。姉妹は俺のことを毛嫌いしてるし父さんは俺の苦労に気づいてくれない。父さんに頼れないんだから当然母さんにも頼ることが出来ない。もうどうしたらいいんだよ…助けてくれよ柚木…」


俺は涙目になりながら投げやりにそんなみっともないことを柚木に言ってしまった。やはり俺は言ったことを後悔した。こんなこと柚木に言っても仕方ないのに。


「…安心して緋月。私が助けてあげる。緋月を…幸せにしてあげる」


そう言った柚木はとても大きく見えた。いつもの頼りない柚木ではなく全てを包み込んでくれるような大きな人だった。

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