必要性
柚木とベンチで話終えた俺は家に戻っていた。いつもと同じ帰宅。でもいつもと違うところがある。それは俺と父さんの会話が一切無くなったところだ。俺はただいまを言わないし父さんはおかえりを言わない。いいんだ。いいんだこれで。
なんの会話も無く自分の部屋に戻って数十分が経った頃、柚木から電話があった。
「もしもし」
『もしもし緋月?』
「それ以外に誰が居るんだよ…」
『えへへ、そうだよね』
当たり前のことを聞いてきた柚木に少し苦笑いしながらもこの電話の時間でさえ楽しいと思ってしまっている自分がいる。本当に柚木は俺にとって大切な存在なんだな…
それはそうと連絡してきと言うことはきっと柚木の両親が俺が来ることに了承したのか拒否したのかどっちかだろう。
『あ、そうそう。オッケーだって』
え、軽…そういうことってもうちょっと溜めてから言うもんじゃないのか?まぁ俺としては変な緊張感を味わうことがなくて良かったんだが…
「…なぁ、柚木。本当に…」
いくら柚木の両親が了承したからと言ってもやはり赤の他人が家族に入っていくと言うのは多少なりとも抵抗があるのでは無いだろうか。
『いい加減にして』
俺が全てを言いかける前に柚木は低く重たい声を出した。
「っ、悪い…」
『…もうやめよっ!こんな暗い雰囲気私嫌い!』
そうだ。そうだった。柚木は常に明るいんだ。俺が柚木のいい所を潰してどうする。
「あぁ、もう言わない。約束する」
『うん!約束だよ』
やっぱり柚木には明るい雰囲気が似合ってるな。
「じゃあいつ行ったらいいんだ?」
『あぁ、それなら明日にでも来てもらって大丈夫だよ!』
「そ、そんな急に行っていいのか?何もそんなに急ぐ必要ないだろ?」
そんな急ぐ必要ないと思うけどな。
『…え?緋月、それ本気で言ってるの?』
「ど、どうしたんだよ…」
急に柚木の明るい声が一転して動揺したような声になった。俺はそれに困惑する。
『緋月…感覚がおかしくなってるよ?え、ま、待ってよ…自分の状態が分かってないの?緋月、ちょっとでも長くその家にいたら壊れちゃうよ?』
その声は震えていてどこか恐怖すら抱いているようだった。
「お、大袈裟だって」
俺は笑ってそう言う。
『ダメ。明日朝迎えに行くから今日の夜から準備してて。お願いだから』
それはお願いと言うより懇願に近いような言い方だった。
「わ、分かった…」
そのどこか切羽詰まった様子に俺はそう返すしかなかった。
『…緋月。もう1回ちゃんと自分の置かれてる状況を見直してみた方が良いよ。本当に』
「あ、あぁ…」
俺の置かれている状況?…ただ父親と会話することが無くなってあの姉妹と気まずくて母親を信用していないだけ…だよな?それほどしんどいことじゃない…はずだよな?
『いい?明日朝早くに迎えに行くからチャイムを鳴らしたら緋月が出てきて。わかった?』
「わ、分かった」
そこで電話を終えて俺は明日柚木の家に行く準備をした。
服を複数枚詰めて歯ブラシを詰めて枕とタオルケットを詰めて財布を詰めてバイト代を詰めて…
家族に何か言い残すことは…何もないな。俺は家族が嫌になって投げ出した裏切り者だ。そんなやつに何も言われたくないだろう。きっと俺が居なくなった後の家族は良い家族になるんだろう。
…俺って
要らなかったんだな。
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