家族
柚木の家に来てから何日か経った。最近では少しだけ前向きに物事を考えることができるようになってきた。
バイトも順調だ。そろそろアパートで暮らして行けるくらいのお金は貯まりつつある。
「そろそろ出ていかないとな…」
正直に言うと柚木の家は居心地が凄くいい。俺の本当の家がここだったらな…なんて思ってしまう程に。だがあくまでここは他人の家で俺は居候させてもらっている身だ。あまり長居するのは良くないだろう。
だから俺はそのことを3人に伝えるべく、晩御飯の時に伝えることにした。
「緋月君。ご飯よー」
「今行きます」
俺はやっていた風呂掃除を終わらせて食卓に向かった。
「もう、またお風呂掃除してる。そんなのしなくていいって言ってるのに…」
柚木が頬を膨らませながらそう言ってくる。
「いや、さすがに居候させてもらってるのに何もしないのはな…」
さすがにそれは当たり前のことだ。
「…また無理してないよね?」
柚木が不安そうにそう聞いてきた。
「大丈夫だよ。本当になんともないから」
本当に何ともなかった。さっきも言ったように柚木の家はとても居心地がいい。…あの家とは全然違う。
「それならいいんだけど…」
柚木がそう言うと由紀さんが裕二さんに話しかけた。
「あなた、柚木と緋月君ってお似合いよね?」
「お、お母さん?!」
柚木が取り乱す。
「うん。そうだね」
裕二さんも肯定の意思を示す。
「お、お父さんまで…ご、ごめんね緋月…」
柚木は頬を紅く染めながらそう言ってきた。
「いや、全然大丈夫だ」
「…え?だ、大丈夫って?」
おっと、口が滑ってしまったようだ。柚木には俺みたいなやつは似合わない。もっともっとお似合いの人が現れる。ここで俺が想いを伝えたところで迷惑なだけだ。
「いや、なんでもない」
だから俺は嘘をつく。自分の心に蓋をして。
「そ、そう?」
柚木はまだ顔が紅かった。…いつからこんなに柚木のことを意識するようになったんだろうな…もし俺が自分に自信を持てていたのなら結果は変わったのかもしれない。でも今の俺なんかが柚木と一緒になりたいだなんてそんな夢物語を語るつもりは無い。願わくば柚木が幸せになってくれさえすればいい。
「まぁ、時間の問題ね」
「そうだね」
由紀さんと裕二さんが何か言っていたが声が小さくて聞こえなかった。
しまった…話さないといけないと思いつつもすっかり忘れていた。…このまま忘れていたい程だがそんな訳には行かない。もう迷惑はかけられない。
「…あの聞いてもらっていいですか?」
俺はそう言った。
「ん?何?」
柚木がそう言う。その後に由紀さんと裕二さんも俺に目を向けた。
「…バイトをしてきてそろそろアパートで暮らして行ける程のお金が貯まりつつあるので近々この家を出ようと思います」
俺がそう言うと少しの沈黙があった。
「…あ、そんなことも言ってたね」
すると裕二さんが思い出したかのようにそう言った。
「え?そうなの柚木?」
由紀さんが柚木にそう問いかける。
「あ、お母さんに言うの忘れてた。でもまぁもういいでしょ?」
「そうね」
柚木が由紀さんに伝え忘れていたのはいいとして…もういいってどういうことだ?
俺は少し困惑した頭で言葉を紡ぐ。
「で、ですからもうしばらく待ってもらってもいいですか?」
俺がそう言うと3人ともキョトンとしたような顔をした。え?な、なんか俺変なこと言ってるか?そんなことを思っていると
「緋月君はこの家を出たいのかい?」
裕二さんがそう聞いてくる。
「え?い、いえ…そういう訳ではなくて…」
「じゃあこの家の居心地は悪いかい?」
「そんなわけないです!血が繋がっているわけでもない俺にこんなに良くしてもらって…正直言うとめちゃくちゃに居心地がいいです」
これは俺の本音だった。
「…なら出ていく必要なんてもうないんじゃないのかい?」
「え?で、でも皆さんに迷惑に…」
「緋月」
柚木に声をかけられる。
「誰が迷惑なんて言ったの?誰もそんなこと思ってないよ?」
「で、でも…」
言葉を繋ぐ前にそれは由紀さんによって遮られた。
「緋月君出て行っちゃうの…?」
そう言った由紀さんの目には涙が溜まっていた。
「ゆ、由紀さん?!」
俺は困惑してしまう。
「わ、私は緋月君のこと本当の息子みたいだなって思ってたの…だ、だから出て行くって言われて泣いちゃった」
由紀さんは笑いながらそう言った。どうしてそこまで…
「緋月君。僕はね…いや、僕たちはね、もう君のことを本当の家族だと思っているんだよ。だから出ていくなんて悲しいこと言わないでくれ」
「お、俺は…俺は居てもいいんでしょうか?」
誰に聞くわけでもなくそう問いかける。
「当たり前でしょ?まぁ一緒にアパートで住もうって言ったのは私なんだけど…」
あははと言いながら苦笑いする柚木。
「わかったかい?君を迷惑だと思う人なんてこの家には居ないんだよ」
「あり…がとう…ございます…」
涙が出そうで言葉がきちんと出ない。
「ここが君の家…僕たちが君の家族なんだから。もう君を1人になんてしない」
そこで俺は号泣してしまった。そんな俺を由紀さんが優しく抱きしめてくれた。本当の母さんみたいだった。もう感じることの出来ない温かみだと思っていた。でも違った。ここは…この家は…この家族は俺に温かみをくれる。家族だと言ってくれる。
俺は
こんな家族が欲しかった。
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